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大学1年の終わり、3月9日〜15日まで、当時まだ「足」を持っていなかった俺は、飛行機で北海道に渡り、主に夜行列車とバスで、道内各地を回りました。主な訪問先を順に挙げておきます。
●列車とバス、そして「自分の足と気合」で行く、冬の北海道編
3月 9日 札幌市街・小樽運河(深夜には夜行列車で釧路市まで)
3月10日 納沙布岬・釧路湿原(摩周湖のある弟子屈町で宿泊)
3月11日 阿寒湖・摩周湖・硫黄山(網走市まで移動して宿泊)
3月12日 網走監獄・流氷観光船(夜行で上川町まで。到着は深夜2時。駅で仮眠。)
3月13日 層雲峡・旭川市街(夜行で稚内市まで)
3月14日 宗谷岬・サロベツ原野(夜行で札幌市まで)
3月15日 襟裳岬

1999年冬 北海道 主な撮影ポイント紹介図
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●冬の北海道編詳細
<3月9日:札幌市街・小樽運河>
羽田から千歳空港まで飛び、とりあえず札幌まで移動しました。まずは定番の3箇所を見ます。
1枚目は北海道庁旧庁舎、いわゆる「赤レンガ」と呼ばれるやつです。
2枚目は時計台。思ったよりビルに紛れて建っているので驚きました。
3枚目は大通り公園から見上げた札幌テレビ塔です。
夕方には札幌市電で、市街地を見下ろせる「藻岩山」まで移動します。「バカはすぐ高いところに登りたがる」というのは本当のようです。俺はどこに行っても、山の上とか、展望台とか、発見すればだいたい行きます。
1枚目が藻岩山入り口。ここから、ロープウェイとリフトで上がれます。ただし、スキーのオフシーズンは運休なので、他の手段で登るしかありません。
2枚目は山頂からの札幌夜景。中央でやたら光ってるあたりが、有名な「すすきの」です。
で、夜行列車の発車までは時間に余裕があったので、小樽まで行きます。
写真はどちらも小樽運河の夜景。「夜景モード」にし忘れていたので、ボケてます。
小樽からは札幌に戻ってラーメン食べます。すすきのにある「ラーメン横丁」に行きました。その時は知らなかったのですが、ここはあくまで「観光ラーメン街」らしいです。地元の人は、他で食べることが多いと言います。
日付が変わる頃には、夜行列車で寝たまま釧路まで運ばれます。夜行列車は初めてでした。音と揺れが気になってよく眠れなかったことを思い出します。
<3月10日:納沙布岬・釧路湿原>
夜行で早朝に釧路に到着。ここから朝一番の快速で、根室まで移動します。朝方に東に向けて移動するわけなので、線路沿いの木々に付いている雪や氷の粒が逆行で光って、すげーキレイでした。そんな光景の中、駅もないところで電車がブレーキをかけます。何かと思ったら、「ただいま、シカが線路を横断中です。」との車内放送。窓を開けて見たら、親子らしきシカが2〜3頭、横断中でした。
そうして、釧路から2時間近くかけて根室に到着します。駅前からはバスに乗り、本土最東端の「納沙布岬」まで移動します。
1枚目は、「返せ北方領土」を訴える碑。
2枚目は、どうやらオフィシャルな「本土最東端、納沙布岬」の碑。
3枚目は、そこからズームで撮影した「国後島の茶々岳」。流氷の果てに少し見えます。
納沙布からは、再び釧路まで戻ります。して、市街をちょっと見て回り、列車で釧路湿原まで移動します。
釧路湿原は、北海道内で一番と言っていいほどお気に入りの場所です。これ以後も数回北海道に行きましたが、毎回必ず見に行きました。しかも、1時間以上じっと見ていても飽きませんでした。いや、飽きるとかそういう次元を超えてました。果てしなく広くて、たまに通る列車の音以外、ほとんど無音状態という、あの「無限感」に吸い込まれていたような感じです。写真では伝えにくいのですが。
以下2枚は、釧路湿原東端に位置する「細岡展望台」からの景観です。時間帯は、16時ごろです。3枚目は、線路沿いに降りて撮影した湿原の様子です。
電車で移動するのはもったいないと思い、湿原沿いに次の駅まで歩きました。左手には湿原を流れて太平洋に注ぐ、「釧路川」を眺めながら歩きます。以下は、逆光で撮影したものです。
その後、近くの駅から列車で少し北上し、摩周湖を擁する弟子屈町の民宿に泊まります。
<3月11日:阿寒湖・摩周湖・硫黄山>
朝には周遊バスに乗り、まずは阿寒湖に向かいます。
1枚目は弟子屈町内から遠望した雄阿寒岳。中央に見えます。
2枚目は雄阿寒岳のふもと、阿寒湖。湖面は凍結してます。
3枚目は湖畔に展示されていた、アイヌの祭壇。
この頃はアイヌのことにも興味があったので、ここ以外でも博物館めぐりなんかをしました。
周遊バスで、摩周湖に向かいます。摩周湖の次は、硫黄山(アイヌ語でアトサヌプリ)に立ち寄ります。火山はどこも似たようなものでしょうが、その名の通り箱根みたいな硫黄臭がただよってました。ただ、周りは雪一色で「静」の世界なのに、ここだけは「動」な印象を受けました。
1枚目が摩周湖。やはり凍ってます。
2枚目は硫黄山全景。噴気があがってます。
3枚目はその噴気孔です。
硫黄山を見た後は、列車で網走まで移動し、市内のビジネスホテルに宿泊します。
<3月12日:網走監獄・流氷観光船>
網走ではまず、(博物館)網走監獄を見に行きます。展示は結構生々しくて現実感がありました。なお、ここに収監された人々の「労役」により、開拓当時の北海道にいくつかの幹線道路がつくられたのだそうです。
1枚目が監獄敷地内への入り口。
2枚目は牢屋の集まり、「舎房」の入り口。上空からこの建物全体を見ると舎房が5本に広がっていることから、「五翼放射状舎房」と言われるそうです。
3枚目は舎房内部の様子。当時住んでいた、大学の学生寮にそっくりです。
他に北方民族博物館だの、それがある「天都山」山頂に上ったりしました。
夕方には、観光船に乗って流氷を見に行きます。隙間から見えるダークブルーの海面と、蛍光色に輝く流氷の組み合わせがキレイでした。ただ、船のデッキはメチャクチャ寒かったです。
以下3枚は、全て観光船の上から撮影したものです。特に3枚目は、海の上とは思えない位に、流氷がどこまでもビッチリ詰まっています。「北の国から 遺言編」をご存知なら、「トド」が向こうから歩いてくる姿を連想できるでしょう。
流氷観察後は、網走から夜行に乗ります。翌日は「層雲峡」という渓谷を見に行く予定です。夜行で旭川まで行けばちょうど早朝に着くのですが、層雲峡へ行くにはその手前の上川駅で降りる必要があります。なので深夜2時に上川駅で降り、駅の待合室で朝まで寝てみました。ダウンジャケットなど防寒対策はしていましたが、ストーブ一つで隙間風も入る中で寝るのは結構キツかったことを思い出します。
<3月13日:層雲峡・旭川市街>
上川駅で目覚め、バスで層雲峡まで向かいます。冬の北海道(および雪国全般)で注意しなければならないのは、「冬季は閉鎖」の道があるということです。この時は、層雲峡の次に、その先にある「大函・小函」まで行くつもりでしたが、冬季閉鎖で行けませんでした。
で、層雲峡です。壁面は「柱状摂理」と呼ばれ、柱のように形の整った岩が組み合ってできています。
1枚目は、流星の滝。
2枚目は、その隣にある銀河の滝。
3枚目は、層雲峡の壁面。鷲みたいな大きな鳥が翼を広げてるように見えました。
で、先に書いたようにこの先には行けなかったので、層雲峡の温泉街にあるロープウェーで、黒岳という山に登りました。ここに登るのは予定外でしたが、結果的にはアタリでした。ここからの景観は、アイヌ語で「カムイミンタラ」(神々の庭)と呼ばれるそうです。実際、その名にふさわしい素晴らしい眺めでした。この時の北海道放浪では、釧路湿原に次いで感激した場所でした。
以下は3枚とも、ロープウェーで行ける最高地点、黒岳の五合目で撮影したものです。行ったことはありませんが、TVで見る「グランドキャニオン」を想起させます。
黒岳から降りた後は、上川駅に戻り旭川に向かいました。旭川ではアイヌの博物館を見たりしました。そして、夜行に乗って最北端の稚内に向かいます。
<3月14日:稚内・宗谷岬>
日本最北の都市、稚内に到着します。駅の弁当屋で朝メシを買おうとしたら、お弁当の商品名が日本語だけでなくロシア語でも書かれていてビックリしました。稚内からは、ウラジオストクだのサハリンだのに行ける船もあるらしいです。
1枚目は稚内駅。ロシア語のお品書きは撮影してませんでした。
2枚目は宗谷岬。「日本最北の地」という三角形の碑の他、樺太を探検した「間宮林蔵」の銅像が、北を見るように建っています。
3枚目は宗谷岬のバス停内部。いろんな落書きがあります。この状態までくると、これはこれでアリかなとも思います。
で、稚内は他に行く場所を予定してなかったので、列車でちょっと南下して「サロベツ原生花園」に向かいます。夏場だとお花畑になるらしいのですが、あえて「雪だけで何もない世界」を体験しようと行ってみました。駅からはバスで向かいます。バスの「降りますボタン」を押したら、運転手さんが「兄ちゃん、ホントに降りるの?」と確認してくるほど、何にもない所でした。
1枚目は、原生花園入り口付近。雪の中に「原生花園」の看板らしきものが見えます。
2枚目は、そこまでバスで来た直線道路。遠くに車の姿が見えてから、その車が目の前を通り過ぎる間、タバコを1本吸えました。
ここからはバスと列車でもう一度稚内まで戻り、夜行で札幌まで移動します。
<3月15日:襟裳岬>
札幌は初日に見たので、そのまま苫小牧まで南下します。そこから乗り換えて、函館方面を除けば北海道の最南端、襟裳岬まで向かいます。苫小牧から2時間くらい、競走馬の産地日高地方を列車で進みます。右手には、日高昆布で有名な海が広がり、左手には牧場が広がり、その奥には「日高山脈」がそびえます。たまに、自衛隊の「高射砲」などが目に入ったりもしました。
1枚目は、終点様似駅から撮影した日高山脈。
2枚目は襟裳岬の碑。
3枚目は岬から海に沈んでいく岩。これは、北の方から徐々に低くなって、ついに海へ沈んでいく日高山脈の一部ともいえます。そういえば北海道は、山脈の東と西はもともと別な陸地で、それがぶつかって隆起して日高山脈になっているはずです。確かな話か記憶があいまいですが・・・
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以上が、1999年の冬に放浪した、北海道の写真です。
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