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2001年7月、大学卒業後に農業研修を受けることになる山形県飯豊町へ行きました。町が主催する町内バスツアーがあったので、それに参加するためです。
ただ、せっかく東北に行くのだからということで、バスツアー当日より早く茨城を出発して、南東北を回りました。行程は、次の通りです。
●飯豊町見学前後に南東北をちょっと回ろう編
7月 6日 仙台青葉城・瑞鳳殿・塩釜方面・松島
7月 7日 奥松島・瑞巌寺・蔵王・米沢上杉神社
7月 8日 (飯豊町バスツアー)
7月 9日 会津五色沼

2001年夏 南東北 主な撮影ポイント紹介図
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●南東北編詳細
午前中に茨城を出て栃木の矢板から高速を使い、昼過ぎには仙台に入りました。金がかかるし遠くまで走った実感がなくなる(運転自体が好き)ので、普段は高速を使いません。それでも高速を使ったのは「衝動的に」回りたくなって、簡単な予定を組んで出発したという理由があります。もともとは飯豊訪問だけのつもりで、他を回る予定がなかったのです。
<7月6日:仙台青葉城・瑞鳳殿・塩釜方面・松島>
仙台では、やはり青葉城を見ます。改修工事中でした。いずれにせよ、例によって「高いところ」なので良い景色が見られると思ったのですが・・・
続いて、伊達政宗の墓地「瑞鳳殿」を見ます。再建したものらしく新しすぎてどうかと思ったのですが、「伊達者」という言葉を思い出し、これはこれでアリかと思いました。
1枚目は伊達正宗像。建物がないので、青葉城らしいものが他に見当たりませんでした。石垣でも撮影しておけば良かったのですが、撮ってないようです。
2枚目は青葉城跡から。市街地は見ても面白みを感じられませんが、一応撮影。
3枚目は瑞鳳殿への階段。こういう所は味があります。
4枚目は瑞鳳殿本体。そういえば日光東照宮も派手ですね。
続いて「松島」へ向かうのですが、途中で塩釜方面の史跡を少し回ります。
まず、「多賀城跡」を見ます。歴史をさかのぼれば、かつて「陸奥」方面の政治拠点だった場所です。当時の建物の柱を支えていた石が発掘されています。建物は再建されていませんが、代わりに模型がありました。目の前の石の配置を見ながら、イメージしてみました。
次に「陸奥総社宮」に立ち寄ります。というのは、その後に行く「鹽竈(しおがま)神社」へ参拝する前、かつては、まずここに参拝するようになっていたことを知り、そのようにやってみようと思ったからです。
そして鹽竈神社を回ります。ものすごく急な階段があって「登りたい」衝動をかきたててくれました。かつては、陸奥方面一の神社だったそうです。結構眺めも良かった気がします。
1枚目は多賀城跡。模型の裏にある広場に、柱を支えた石が残っています。こういう「何にもない」所は好きです。
2枚目は陸奥総社宮。とりあえず寄ってみただけ。
3枚目は鹽竈神社。陸奥一だったということで、漢字が難しくてぎょうぎょうしいです。階段を上り詰めた先に神社があります。足腰に自信のない方は避けた方が良いでしょう。
夕暮れ前には初日の最終目標地点、松島に到着します。いろんなメディアで紹介され「メジャー」になりすぎているためか、どうも松島は行きたいと思いませんでした。この日は「せっかくだから」行った感じです。
以下、全て松島(いわゆる表松島)ですが、どこから撮影したかは記録がありません。島に近すぎて全体が見られないので、面白みは感じられませんでした。
この日は松島から奥松島方面まで走ります。「縄文村」みたいなところがあったので、そこで車中泊しました。
<7月7日:奥松島・瑞巌寺・蔵王・米沢上杉神社>
朝から奥松島を歩きます。まず、松島とは反対側に位置する「嵯峨渓」を見ます。荒々しい岩が点在し、ちょうど朝日が逆行になったり海面に反射したりして、結構満足して眺められました。
以下3枚とも、嵯峨渓で撮影しました。朝方です。
続いて、「大高森」という山に登ります。ここから松島全景を眺めるためです。天気もよく、真っ青な海に浮かぶ松島を見ることができました。かすんではいましたが、遠くには蔵王方面の山々も確認できます。松島を見るなら、奥松島の大高森へ行く事をオススメします。初めは期待していませんでしたが、ここで見る松島についてはなかなかのものです。
以下3枚とも、大高森山頂展望台からの撮影です。南から北に向け、撮影方向を順にスライドさせてみました。
眺めを堪能したあとは表松島へ戻り、「瑞巌寺」に行きます。建物もあるのですが、昔のお坊さんは岩を削ってその中で修行した所とかで、石窟みたいなものや岩壁を削った仏像などが見られました。またこの寺は確か、戦の際に要塞として使用できるように作られているとか、そんな説明があったような気がします。
以下、瑞巌寺境内の写真です。1枚目と2枚目は石窟を写したもの。3枚目は、今は使われないコケむした古い石段。かつてどんな人が登ったのでしょう。
翌日はバスツアーなので、この日の夜には飯豊町に到着する必要があります。山を越えて山形に入るため、まずは蔵王に向かいます。峠道「蔵王エコーライン」を宮城側から登り、峠の頂上付近からは苅田岳の頂上まで有料道路を走ります。車で行けるのはここまでで、あとは徒歩です。
天気はもってくれて、ここでも良い眺めが見られました。
1枚目は、苅田岳頂上ではなく、その手前のどこかで撮影。蔵王の屋根です。
2枚目と3枚目は、有名な「御釜」。噴火口にあるわけで、北海道に多くある湖と同じタイプです。規模は小さいですが、周りの岩盤とのコントラストがキレイです。
ここで飽き足らない俺は、さらに100m程標高の高い「熊野岳」まで歩きます。苅田岳山頂から1時間半くらいかかったでしょうか。足場が不安定(岩場だったり)な場所もあるので、熊野岳まで歩く際は注意が必要です。
頂上では、宮城側と山形側を見下ろせます。高いところもそうですが、やっぱり「境界」も好きです。山頂付近では、7月だというのに雪が残っていました。
1枚目は山頂から見た宮城県側。いわゆる仙台平野ですが、見えているのはその南端の方だと思います。
2枚目は山形県側。遠くに山が見え、宮城県側と異なり「盆地」であることがわかります。
3枚目は山形県側のアップ。山形県でも北の方、将棋駒で有名な天童市や、サクランボで有名な東根市方面です。
4枚目は途中で見つけた7月の雪。少しずつ解けて流れ出しています。
このまま蔵王を下ります。夜までに飯豊町に着けばいいので、時間に余裕がありました。バスツアーの帰りに回ろうと思っていた米沢まで足をのばします。
上杉神社は、戦国の武将として有名な上杉謙信をはじめ、「為せば成る」の言葉で有名な「上杉鷹山」も奉られています。ここで初めて知ったことですが、かつてアメリカの大統領だったJ.F.ケネディが「尊敬する日本の政治家」として彼の名を口にするまで、上杉鷹山は歴史上マイナーな存在だったそうです。まさに「アメリカナイズ」の一例ですね。
1枚目は上杉神社への参道。風で旗が逆になっていますが、「毘」という文字が見えます。上杉謙信が戦勝の神として信仰していた「毘沙門天」に由来しています。
2枚目は上杉鷹山の像。「為せば成る・・・」好きな言葉の一つです。
3枚目は神社社殿。日が差し込んで、いい感じです。
このあとは予定通り飯豊町に着き、車中泊には絶好の「道の駅」で寝ます。
<7月8日:飯豊町バスツアー>
なので、写真はありません。町内の主な施設や花生産農場、そして現在も世話になっているミニトマトのフレッシュファームなどを見学して回りました。
朝に、道の駅近くの高台から撮影した写真を1枚だけ紹介します。富山県の砺波平野も有 名ですが、それと同じく、飯豊町周辺も「散居集落」の景観が広がります。広域的には、「米沢盆地」の西端に位置しています。
<7月9日:会津五色沼>
午前中は、個人的にフレッシュファームへ立ち寄り、農作業をちょっと手伝わせてもらいました。バイトの関係でこの日のうちに茨城まで帰る必要があったので、昼前には飯豊を後にします。
喜多方から会津に抜け、五色沼だけ見て帰りました。小さい頃に来た記憶がありましたが、ほとんど覚えていないので、初めてのようなものです。99年夏の北海道編「オンネトー」でも書きましたが、色にしても背景に山がそびえる構図にしても、非常に似ています。ただ、立地の関係で五色沼の方が「観光地化」が進んでしまっているので、俺としてはやはり、オンネトーをオススメしたいです。
以下、五色沼で撮影したものです。1枚目と2枚目、背景にそびえるのは「磐梯山」です。オンネトーではこれが「雌阿寒岳」「阿寒富士」となります。
このあとは、おとなしく茨城まで戻りました。南東北の中では、2日目に行った奥松島と蔵王が印象に残っています。
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2001年夏の、南東北放浪写真集は以上です。
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