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農業者になった今となっては、夏という農繁期に旅行する事はほとんど不可能です。よってこれが、夏に行く北海道としては最後になりました。
この年は、大学4年生でもあったので、農業作業経験という事の他、農業地理学専攻としては「卒業論文のための情報収集」として北海道に行きました。滞在期間は、7月15日から9月4日までです。場所は例年通り追分町でしたが、例年お世話になっていた農場の紹介を頂き、メロン農家でお世話になりました。街の特産品が「アサヒメロン」という銘柄のメロンだったので、卒論ではそれを取り上げようと思ったからです。
元々このメロン農家は、「住み込み」では募集をしていなかったので、事情を説明して住み込みをお願いしました。住み込み対応の「寮」もないので、母屋の一室を使わせてくださいました。色々と無理を言ったにもかかわらず、日々の生活のことをはじめ、本当に何から何までお世話になりっぱなしで、今思い出しても頭が上がりません。
このページでは、この農家の奥さんの実家がある「奥尻島」へ、お盆にお邪魔した時の写真と、住み込みを終えて、茨城に戻るまでに回った北海道各地を紹介します。
それぞれの行程は、次の通りです。なお、夏の北海道本島は前年にだいぶ回っています。なので今回は、初めて行く雨竜沼とお気に入りの釧路湿原以外は、時間をかけずに軽く回って「最後を味わった」という感じです。
●「北の沖縄」、奥尻島編
8月18日 奥尻島西海岸
8月19日 奥尻島東海岸
●夏に行くは最後の北海道?編
9月 1日 雨龍沼湿原・日本海オロロンライン・サロベツ原野
9月 2日 稚内公園・宗谷岬・クッチャロ湖・サロマ湖・能取湖のサンゴ草
9月 3日 網走・阿寒湖・屈斜路湖・硫黄山・摩周湖・多和平・釧路湿原夕方
9月 4日 コッタロ湿原・釧路湿原朝方・ハルニレの木・日勝峠

2001年夏 北海道 主な撮影ポイント紹介図
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●奥尻島編詳細
8月18日と19日、メロン農家の奥さんが生まれた奥尻島に行きました。実家に泊まらせていただき、お世話になりました。
奥尻島は、「北海道南西沖地震」の被災地として有名です。そのあとに発生した「阪神大震災」に埋もれてしまった感じもしますが。なお、復興後の奥尻の町並みを見ると、家々はほとんど新しいものばかりでした。逆に、元あった建物は、地震と津波でほとんど壊されてしまったのであろう事を思わせます。
また、先に「北の沖縄」なんて書きました。沖縄と奥尻は似ているところが2点あります。沖縄は「戦争」、奥尻は「地震」、スケールは違いますが「人の命が一度に奪われる事件」という意味で、両島は同じ性質の悲劇を経験しています。
そして、理由はわかりませんが海がキレイです。奥尻の海を見ていると、沖縄の海を見ているように思えてきます。
<8月18日:奥尻西海岸>
やはり地震の事は外せないということで、「奥尻津波記念館」に足を運びます。まだ新しい悲劇だっただけに、当時確か高校生だった時に見たニュースなんかを思い出しながら見学しました。また島の最南端「青苗地区」周辺は、特に被害が出たところらしいです。そして海沿いに島の西側を走ると、右手にそびえる崖の上に「23.3m」などという看板があり、津波の高さを物語っています。
1枚目は津波記念館の入り口の柱。お地蔵さんがいました。
2枚目は島の最南端、青苗岬で撮影。足元にはたくさんのゴミが打ち上げられていましたが、その中には地震で壊された破片もあるのかなぁと思い巡らせました。遠くに見えるのは、島の東側です。
3枚目は崖の上にある、津波の高さを示した看板。23.3mだそうです。首をいっぱいまで見上げる感じです。これが迫ってくると考えると、かなりコワイです。
そして西海岸です。沖縄では東側が荒々しい岩が見られるのですが、奥尻は西側が似たような景観を見せます。
1枚目と2枚目は、西側で撮影した写真です。1枚目では、海の色が分かります。
3枚目は、泊めていただいた農家の奥さんの実家へ戻るまでに撮影した写真です。これは島の東側ですが、奥尻名物とされる「鍋釣岩」です。鍋蓋の取っ手のように、真ん中がくりぬかれた不思議な形をしています。
なお、奥尻島を真ん中あたりで東西に貫く横断道路がありました。狭いうえに急カーブが続き、走っていて面白かったです。オススメルートなのですが、その後整備されてしまい、広い道になったという話です。日々の暮らしを営む人々の利便を考えれば、当然のことなのですが。
<8月19日:奥尻東海岸>
この日は昼頃のフェリーで戻ることにしていたので、午前中に島の東側を回りました。沖縄のような「白い砂浜」はありませんが、やはり東側は「おとなしい」印象を受けます。島の北端には「賽の河原」と呼ばれる霊場があり、名前の通り丸石が積み重ねられています。
そこから西側を南下すると、「球島山」という山に登れます。なお、島の最高峰「神威山」には、頂上に自衛隊の航空レーダーがあるために進入できません。なので簡単に登れるのは球島山しかありませんが、オススメです。ここからは、島を鳥瞰できるほか、海の向こうにかすむ北海道本島も見ることができます。
1枚目は島の北部から撮影した東海岸。
2枚目は島の北端、賽の河原の様子。遠くに見えるのは島の西側になります。
3枚目は球島山山頂から鳥瞰した奥尻島の東側。
4枚目は山頂から見た北海道本島。
奥尻の景観は以上です。追記として、奥尻では贅沢しても「ウニ」をオススメします。ウニの塩辛を買えば帰っても楽しめます。塩辛にワサビをつけてご飯に乗せれば、「即席ウニ丼」になります。
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●夏は最後の北海道編詳細
31日の夕方、お世話になった農家を後にし、まずは北上します。向かう先は、「風力発電所」でも有名な留萌方面。具体的には、その背後にそびえる暑寒別岳のふもと、「雨竜沼湿原」が目的地。かなりの山奥にあるという情報だったので、これを抑えておきたいと思ったわけです。
31日の夜には、追分町から約90kmを走り、雨竜沼湿原の手前にある「ゲートパーク」で車中泊します。この手前には、車中泊に良い条件が揃った「暑寒ダム公園」というのもあります。夜に走るなら、ここでやめておくのが無難だと思います。というのは、そこからゲートパークまで約15kmは、砂利道部分を含んだ真っ暗な山道だからです。無謀な俺は走りましたが、走行記録によると、15kmを走るのに1時間近くかかっています。
それから、先にも書きましたが、今回は一部を除いて時間をかけずに回ってます。
<9月1日:雨龍沼湿原・日本海オロロンライン・サロベツ原野>
9月1日、初日の朝を迎えます。
湿原の手前まで来るのもなかなか大変でしたが、ここからも予想通り大変でした。旅行雑誌によると、標高900mという位置にある湿原らしいです。ゲートパークから湿原を抜けて展望台まで行くには、合計7.6kmあるという道を歩くことになります。ある程度山歩き系の格好をして、最低限水分だけでも持っていきましょう。自販機なんてもちろんありません。トイレもなかった気がします。出すものは出しておきましょう。
まず、ゲートパークから山道を登っていくと、湿原が広がります。そこから展望台までは、両側に湿原を間近に眺めながら歩けます。写真を紹介しましょう。
1枚目は湿原までの山中にある、白竜の滝。
2枚目と3枚目は、木道から撮影した湿原の様子。
さらにここから展望台までは、湿原の中を貫く平らな木道を歩きます。かなり早足で歩きましたが、山を登り始めてから展望台まで、記録によればトータルで約1時間半かかったようです。以下に、どうにか到達した展望台からの湿原全景を紹介します。天気が悪く、休憩も兼ねてだいぶ待ったのですが、晴れませんでした。
1枚目は全景。遠くに見えるくぼんだ部分から歩いてきました。これだけでもかなり遠いことがわかります。
2枚目と3枚目はズームで撮影。天気が良ければ、点在する沼が光ってキレイだったと思いますが、残念です。
雨竜沼湿原はあまりメジャーではありませんが、俺が北海道各地を放浪した中では、最も「秘境」に近い場所だと思います。ふもとからのアクセス手段が「長時間徒歩」しかないわけですから。道東のコッタロ湿原もアクセスが悪いですが、ここの比ではありません。「雨竜沼湿原」、限界に挑戦したいなら、オススメしたい場所です。
雨竜沼の次は、日本海に沿って稚内を目指して、「日本海オロロンライン」と呼ばれる国道を北上します。確か日本最北と言われる天文台「初山別天文台」の脇を通り、「天売島・焼尻島」を海の向こうに望みつつ、北半球の中央「北緯45°地点」まで至ります。45°の緯度線上をどこまでも東に行くと、理屈上はカナダのオタワとかに到達するそうです。なお、パリだのロンドンだのはここよりさらに北に位置しています。
1枚目は、天売・焼尻両島。水平線上にうっすら見えます。
2枚目は、初山別天文台で休憩した時に撮ったもの。遠くに伸びる陸地は、道北の西側です。これに沿って北上します。
3枚目は、北上してたどり着いた北緯45°の看板。日本ではだいぶ北になるわけですが、北半球規模で見れば北極と赤道の中間点というわけです。よって「地球の気候」としては、ここが「普通」とも考えられるわけです。「地球って、でっけぇなぁ」なんて、当たり前の事を感じ、へぇ〜ボタン連打でした。
そして、99年冬に来た時は雪だけの世界だった「サロベツ原野」に向かいます。時期的に花はありませんでしたが、「だだっぴろい場所」という意味では気にいってます。
1枚目は、原野のビジターセンター近くの展望台から撮影。
2枚目は、原野の東にある「宮ノ台展望台」から西を見た写真です。
宮ノ台展望台からは、遠くに利尻島の「利尻富士」が見えるはずで、そこに沈む夕日を見たかったのですが、天気が悪くて見られませんでした。この日はそのまま、展望台の駐車場で車中泊ですが、町内の豊富温泉で一風呂浴びました。「石油臭い」温泉です。そういう温泉はあまりないと思いますので、サロベツ方面に行った際には入ってみる事をオススメします。
なお、雨竜沼からここまで、初日は約270kmの走行でした。
<9月2日:稚内公園・宗谷岬・クッチャロ湖・サロマ湖・能取湖のサンゴ草>
9月2日、2日目の朝を迎えます。早朝のサロベツ原野を紹介します。
1枚目は、若干左よりですが前日とほぼ同じアングルで撮ったもの。
2枚目は、雲が少し晴れて、遠くに利尻富士のふもとが見えたので紹介します。海をはさんで向こうにある山ですが、こうして見ると陸続きのように思えます。
2日目は、宗谷岬を見たあと、日本海と逆にオホーツク海側を南下し、網走まで行く予定です。
まず、稚内に向かいます。途中では、海の向こうに利尻・礼文両島を確認できます。
1枚目は利尻島。やはり雲に隠れて山頂までは確認できませんが、斜面の角度から大体の形は予想できます。
2枚目は、同じ位置から撮った礼文島。1枚目と倍率はほぼ同じです。左端に利尻の裾野が写っていますので、比べると高さの違いが確認できます。
3枚目は同じ場所から北を見た写真です。陸地沿いに北上すると、稚内を経由して最北端の宗谷岬に至ります。
稚内では、高台にある「稚内公園」に登ります。天気が良くなってきて海がキレイな色になりました。稚内公園から撮影したサハリンと宗谷岬方面、そして道北の2島を再掲します。
1枚目はサハリン(樺太)です。ちょうど手前をフェリーが通過してくれたので、スケール感が出てます。
2枚目は宗谷岬方面。分かりにくいですが、伸びている陸地の先端が「日本最北の地」になります。
3枚目は利尻島。やはり山頂は見えませんでした。
4枚目は礼文島。先と同じように、倍率はほとんど変えてません。
キレイな眺めを堪能して、宗谷岬へと走ります。
2回目の「最北の地」を踏みます。99年の冬に来た時は雪で気がつかなかったのですが、その背後の丘には、旧日本軍の「見張り台」が残されていました。そこに登って、見張り兵の気分を味わいながら、再びサハリンを望みました。
1枚目は、定番の碑です。右端には、かなり小さいですがサハリンも写っています。
2枚目は、旧日本軍の見張り台。ソ連とかの船を監視していたそうです。
3枚目は、その上から最大ズームで撮影したサハリン。中央付近には小さく漁船が写っています。
追分町を出てから宗谷岬まで、走行距離合計は約530kmでした。日本海沿いに北上するなら、フェリーで苫小牧に上陸して宗谷岬まで走るのと同じくらいの距離でしょう。
宗谷岬からは、一転して南下ルートになります。オホーツク海側を、やはり海沿いに走ります。申し訳ないですが、このルートにオススメの見所はありません。湖が好きな方なら良いのかもしれませんが、俺的には「走っただけ」「ついでに立ち寄っただけ」という感じです。一応紹介しましょう。
1枚目は「クッチャロ湖」。白鳥の渡り先としては有名だそうです。
2枚目は「サロマ湖」。琵琶湖・霞ヶ浦に次いで、日本で3番目の湖だそうです。逆光で撮りました。
3枚目は「能取湖」。ここだけは、元から立ち寄る予定を組んでいました。「サンゴ草」(アッケシソウ)という赤く染まる草が見たかったのです。既に夕暮れだったのではっきりは見えませんが、奥には赤く染まったサンゴ草が写っています。
この日はこのまま網走市内まで走り、前年にも利用した「天都山」で車中泊します。前年は問題なく駐車場(東京とかじゃないから、もちろん無料ですよ)に入れましたが、この年には入り口に「鎖」がかけてありました。これは想定外だったので、「ゴメンナサイ」とそれを外して泊まらせてもらいました。天都山関係者の方、申し訳ありませんm(_
_)m
宗谷岬から網走までは約330kmで、朝からの走行距離合計は約440kmでした。
<9月3日:網走・阿寒湖・屈斜路湖・硫黄山・摩周湖・多和平・釧路湿原夕方>
9月3日、3日目の朝を迎えます。知床に差す朝日を見るために早起きです。
1枚目は、天都山から見た知床半島の「付け根」。半島のほうにカーブしていく陸地の様子がわかります。
2枚目は、同じ天都山からさらに半島の先を写したもの。湾に差し込む朝日のバックには、知床の山々が浮かび上がります。
網走からは、定番のコースを回ります。阿寒湖・屈斜路湖・硫黄山・摩周湖と移動します。
1枚目は阿寒湖。ちょっとだけ時間をとって、「ボッケ」と呼ばれるお湯の噴出口まで歩いて撮影しました。ドロとお湯が一緒になって吹き出てます。
2枚目は屈斜路湖。鳥瞰する屈斜路湖は初めてでした。天気も良かったのでキレイに見えました。左に見えるのは、湖に浮かぶ「中島」。
3枚目は硫黄山。いつ来ても変わらずに噴煙を上げてます。
4枚目は摩周湖。観光バスは停車しない「摩周第3展望台」からのアングルです。中央の島と山(カムイヌプリ)が直線上に見えるのはここだけです。
お決まりコースの後は、初訪問の「多和平」に向かいます。摩周湖から1時間ぐらい南に走った場所にある、大規模牧場です。前年に行った、標津の「開陽台」にはかないませんが、展望台からは360°、ひたすら牧場という光景が広がる場所です。バスなどがあったかどうかは分かりませんが、結構オススメです。
以下2枚とも、多和平展望台からの景観です。
多和平も良かったのですが、最終的な目的地、お気に入りの「釧路湿原」で日没を見るために急ぎます。最後だから、気の済むまで見てやろうと思っていました。
かなり暗いですが、日没前から次第に闇へ沈んでいく釧路湿原は見たことがなかったので、あえてこの時間帯を選びました。なお、例年通り湿原の東端にある細岡展望台から西を見る形なので、日没時は完全に逆光になります。以下にその時の写真を紹介しますが、この場所に特別の思い入れを持っていない人が見ても、面白みはないと思います。(スキャン結果があまりに悪かったので、ここの4枚だけは若干レタッチしました。)
この日は真っ暗になるまで湿原を眺め、翌日は湿原に昇る朝日を見ようと、西側にもある釧路市の展望台に行って車中泊します。
この日、網走からの走行合計は、約320kmでした。阿寒湖を回ったり多和平に寄ったりしたので結構長い距離になってますが、網走から真直ぐ南下すれば、この半分ぐらいだと思います。
<9月4日:コッタロ湿原・釧路湿原朝方・ハルニレの木・日勝峠>
9月4日、最終日の朝を迎えてしまいます。湿原の朝日を見るため、5時前に起きたのですが、ガスにやられて全く見えませんでした。しばらく待っても晴れそうになかったので、朝日とセットで見るのは不可能とあきらめます。
一応1枚だけ、西側の展望台から見た、ガスの漂う湿原の様子を紹介します。
それでも最後は釧路湿原をまともに見ておきたいと思っていたので、湿原の東まで戻り、ガスが晴れるまでコッタロ湿原で時間を潰します。写真は2枚とも、コッタロで撮影したものです。
写真の通り晴れてきたようなので、細岡展望台へ戻ります。ガスはだいぶ消えましたが、雲が多くてキレイには撮れませんでした。少しずつ角度を変えて、南から北に向かって釧路湿原全体を撮影してみました。
思うところはいろいろあり、もっといたかったのですが、予約したフェリーの出航時間との関係で、それは許されませんでした。9時過ぎまで眺めて、細岡を後にします。
朝飯は、前年にも行った釧路駅前の「和尚市場」で食べます。ここはホントにオススメです。まずご飯を売っている店で「どんぶりメシ」を買い、沢山ある魚屋さんから切り身をチョットずつ買って周り、自分好みの海鮮丼を作って食べましょう。
あとは特に寄る予定もなかったので、国道からチョット入った所にある「ハルニレの木」を見たりしながら、前年とは逆に帯広側から日勝峠を越えていきます。
1枚目は何かのCMでも使われたらしいハルニレの木。国道38号から少し離れた十勝川の土手にあります。
2枚目は日勝峠から見下ろした十勝平野。
この時点で、フェリーの出航まで余裕のあることが判明したので、真直ぐ苫小牧まで帰らずに日高方面に下って、アイヌの里「二風谷」にちょっと立ち寄りました。日勝峠でちょうどフィルムがなくなったので、写真はないです。
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以上が、2001年夏の北海道放浪紀でした。
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