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大学2年生も終わる頃、3年生になるまでの春休みを利用して、自動車免許の合宿教習を受けに行きました。教習所の場所は、沖縄県の糸満市でした。北海道と同じく原チャを持って、東京の有明港からフェリーで沖縄に渡りました。3月11日に出発し、4月8日に戻りました。
自己紹介を見た方は気がついたかもしれませんが、沖縄タバコ(¥170と安い)や泡盛、ゴーヤーなどは、この時にだいぶ覚えました。三線は、石垣島から来ていた教習生がよく弾いてくれて、当時からちょっとやってみたいと思ってました。結局自分で始めたのは、2002年の冬になってからですが・・・
このページでは、次に紹介するような行程で撮った写真を紹介します。あと、1998年の夏にも沖縄へ行っているのですが、大した写真がなかったので紹介しません。
●沖縄行きフェリーの紹介と、ビンボー船旅の注意点
●沖縄までの海の道編
3月11日 夜、東京・有明港を出航。
3月12日 朝は和歌山県沖、熊野灘を航行。
昼過ぎ13時頃には、高知県の室戸岬沖を航行。
夜23時頃には、鹿児島県の志布志港に一時寄港。
夜中も航行し、種子島沖を通過。
3月13日 朝は南シナ海を南下。
10時頃に奄美大島の名瀬港に一時寄港。
15時頃には、与論島に一時寄港。
19時頃、沖縄県の那覇港に入港。
(なお、この船はその後、積荷と共に台湾まで行くという。)
●教習中の休日に南部放浪編
3月14日 名城ビーチ・喜屋武岬
3月19日 玉泉洞王国村・新原ビーチ・斎場御嶽
3月26日 首里城公園(故:小渕恵三元首相を目撃)
●同じく座間味島放浪編
4月 1日 慶良間列島と座間味島の景観
●教習終了後に沖縄本島1週編
4月 3日 嘉手納基地・残波岬・万座毛・名護市
4月 4日 今帰仁城跡・嵐山展望台・辺戸岬・東海岸・やんばる
4月 5日 マングローブ林・伊計島ほか・平和祈念公園

2000年春 沖縄 主な撮影ポイント紹介図
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※沖縄行きフェリーの紹介と、ビンボー船旅の注意点
前年に北海道へ行ったフェリーの感覚でいたので、この沖縄行きフェリーには驚きました。
「何が?」
北海道行きのフェリーは、ライダーはもとよりその他の人の利用も結構多く、「客船」として設計されています。ところが、沖縄はツーリングに行く人が少なく、その他の人も関東から沖縄に行く場合、通常は飛行機で移動することが圧倒的に多いわけです。よって、沖縄行きのフェリーというのは、どちらかと言えば「貨物船」なのです。1泊くらいは船でもいいけど、2泊はちょっと・・・というのが、普通の感覚なのでしょう。それに、単に沖縄へ行くだけなら、羽田から2時間ちょっとのはずですし、その時間を考えれば料金も安いと思います。
だから利用者もマニアックな人が多く、俺が仲良くなった中では、仕事で利用しているトラック運ちゃんをはじめ、石垣島に行って野宿するというカヌー持ちの26歳男性、沖永良部島をチャリで回るという大学3年生、会社を辞めて福祉の専門学校に行くというライダー、そして沖縄本島をツーリングするという珍しいライダー・・・俺の船上日記には、そんな人々が登場してます。
さて、そんな人々を集めたこの船が「貨物船」であることを如実に表しているのは、沖縄行き乗船ターミナルです。まず、北海道や南紀白浜行き等とはターミナルの場所が違っていました。そして「ターミナル」とは名ばかりで、積み込み作業をする方々の「休憩所」としての機能しか追及していません。いや、それはそれで俺的にはよかったんですけど。
1枚目は、沖縄以外に行くフェリーのターミナル。立派です。
2枚目は、沖縄行き「待合所」。違いは歴然です。
しかし問題は、船旅の注意点「食料」でした。前年の北海道行きフェリーで船旅を初経験した俺は、「船の食事は高い」「船には給湯器がある」ことを知りました。なので、今回は沖縄に着くまでのメシとして、パンとカップラーメンを買い込んで持っていきました。
同じ事を考える人は多く、「食料を盗まれる」という事件が、密室状態のフェリー上で発生しました。俺の食料は盗まれませんでしたが、他の人が盗まれました。
お酒を持って船で2泊もすると、いろんな人とだいぶ仲良くなれるのですが、人間と言うのは恐ろしいもので、その短期間に「派閥」もできます。で、俺と一緒の「派閥」にいたカヌーの彼は食料を盗まれたらしく、「他のグループ」に犯人がいると言い出しました。実際に誰が犯人かはわかりませんでしたが、「フェリーに食料を持ち込むときは、面倒でもコインロッカー(お金は戻る)を使用すべき」という教訓を得ました。
以上、お知らせ?でした。
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●海の道編詳細
<3月11日:有明港>
まず、3月11日に有明港へ到着した時の写真と、出航後に海の上から見るお台場夜景を。
1枚目は、持っていった原チャ。今も山形で動いてます。後ろは沖縄行きフェリー「ありあけ」。
2枚目は東京湾上から見た、フジテレビと周辺の夜景。
<3月12日:熊野灘・室戸岬・足摺岬・日向灘>
翌3月12日の朝には、和歌山県沖、熊野灘を通過します。昼過ぎには高知県の室戸岬沖を、15時頃には足摺岬沖を通過します。夕方は、宮崎県沖の日向灘に沈む夕日を眺めます。夜は鹿児島県の志布志港に一時寄港し、その後は種子島沖を航行していきます。
1枚目が室戸岬。高知の方には申し訳ないですが、「室戸台風」の目になった気分です。
2枚目が足摺岬。太平洋戦争中、この先の海上を通って、「戦艦大和」は沖縄へ向けて「艦隊特攻」していったそうです。
3枚目が日向灘の夕日(というにはチョット早い)です。
<3月13日:奄美大島・与論島・那覇港>
船の最終日、3月13日は、南シナ海上で朝を迎えます。10時頃には奄美大島の名瀬港に、15時頃には与論島(沖縄占領中は日本最南端だった)に、それぞれ一時寄港します。
1枚目は奄美大島。この辺りから、海の色が少しずつ変わってきます。クジラも見られるそうです。
2枚目は名瀬港の様子。小さな島というのは、どうしてもすぐ背後に山を抱ることになります。
3枚目は与論島。海の色は既に沖縄チックな色になってます。
4枚目は与論港の様子。奄美に比べてずっと小さい島なので、港も小さいです。
沖縄の那覇港には、19時頃に到着します。2泊3日も船に揺られていると、逆に動かない地面が変に感じられてしまい、体が慣れるまでしばらくは原チャに乗ってもふらつきました。以下は、到着直後に那覇港で撮影したものです。
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●南部編詳細
<3月14日:名城ビーチ・喜屋武岬>
到着翌日の3月14日は、自動車学校への入港手続きだけだったので、近場を回りました。最初はやはり海ということで、泳ぎはしませんでしたが名城ビーチへ行きます。そして、沖縄というと「戦跡」のイメージも強いので、本島最南端、喜屋武(きゃん)岬へ行きます。
1枚目は名城ビーチ。ビーチに入るのは有料でした(¥450)。また、この頃は「原チャのCMみたいな写真」を撮ることに凝っていて、他にも出てきますが、これもその一つです。
2枚目と3枚目は喜屋武岬で撮影。この海の上に、かつては軍艦がウヨウヨ浮いていて、「鉄の雨」を降らせていたのだと想像すると、ゾッとします。気のせいか、岩に開いている穴の一つ一つも、砲弾の跡に見えてしまいます。
<3月19日:玉泉洞王国村・新原ビーチ・知念城跡・斎場御嶽>
3月19日は日曜日で教習が休みでした。まず、鍾乳洞の「玉泉洞」がある、王国村に行きました。沖縄の盆踊り「エイサー」実演だの、各種琉球建築物、それからハブ公園などを見て回ります。王国村内は沖縄文化博物館的にもなっていて、藍染だの紅型だの三線だの泡盛だの、いろんな沖縄文化を紹介する施設が多くあります。鍾乳洞内部の写真もあるのですが、あまりに写りが悪いのでやめときます。
1枚目はエイサーの実演。中国とかの民族舞踊をTVか何かで見知っていたので、かなり似てると思いました。
2枚目は王国村内の建築物。これは機織り工房みたいですが、屋根にシーサーがあり、入り口脇には同じ魔よけの「石敢當」があって沖縄色が強かったので紹介します。
3枚目はハブ。そのまんまです。
王国村を出て、南部をもうちょっと見て回ろうと思います。南部の東端、知念村まで走ります。途中で、新原ビーチ、知念城跡にも立ち寄ります。知念村では、沖縄最大の霊場とされる「斎場御嶽」(せーふぁーうたき)にお邪魔します。
1枚目は新原ビーチ。スケール感を出すために、そこに転がっていたヤシの実を入れました。
2枚目は知念城跡にて撮影。名城ビーチと同じ「CM」ですが、海はキレイです。
3枚目は斎場御嶽。たまたま、お参りしている人がいました。入り口にあった説明によると、その昔は一般人は入れない所だったそうです。それを知って入ったからか、なんだか「漂っている」感じがしました。
<3月26日:首里城公園>
南部放浪編の最後は、やはり日曜日、3月26日に行った首里城公園です。首里城は、再建の結果新しくなりすぎていて「オモチャ臭さ」があり、あまり好きではありません。ただ、一部は古いまま(もちろん戦後にある程度修復はしたのでしょうが)残っていて、そういう部分については味があります。それと、この日はちょうど「サミット」前に沖縄を訪れていた、亡くなる2ヶ月前の小渕総理を目撃しました。
1枚目は「歓会門」。この手前にある「守礼門」は有名ですが、城壁内部への入り口は、この歓会門だそうです。なお、この時は発掘工事中で、守礼門はどこかへ行っていました。
2枚目は故:小渕元総理をとりまく報道陣とやじうまです。総理本人は、まぎれて写ってません。左端にオレンジっぽく見える建物の中に「万国津梁の鐘」があります。「万国津梁」の意味からは、琉球王国の置かれていた状況が見えてきて面白いです。
3枚目は、「オモチャ臭い」首里城正殿です。斜めに撮影してしまいました。斜めと言えば、風水の影響を強く受けている首里城は、正殿へと伸びる道が斜めに出ています。写真でも確認できます。真直ぐだと「龍気」が逃げるとか、確かそんなことだったと記憶しています。
4枚目は、首里城からの帰りに、焼き物の町「壺屋」で撮影したものです。昔からある道なんだろうなぁ、いろんな人が通ったんだろうなぁなんて思って撮りました。
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●座間味島編詳細
<4月1日:慶良間列島と座間味島の景観>
4月1日は土曜日でしたが、教習を休みました。翌2日の日曜日にかけて連休にして、原チャと共に座間味島に渡りたかったからです。座間味島は、隣の渡嘉敷島とあわせて、映画「マリリンに会いたい」の舞台にもなった島で、那覇からは船で1時間半くらいです。沖縄の海を楽しみたいなら、本島も良いですが離島はもっとオススメです。どっちにしても、金がかかるのでダイビングはできませんでしたが、¥2000くらいで買えるシュノーケルだけでも、十分楽しめると思います。なお、沖縄の海は「遠浅」と呼ばれてますが、その実態はサンゴの死骸が積もったものです。つまり、崩れやすいです。確かに遠くまで歩けるのですが、泳げない人が安心してどこまでも行くと、突然ズブってこともありえますので注意しましょう。実際、それで溺れる「ないちゃー」(内地人。沖縄外の日本本土から来る人のこと。)が多いそうです。
さて、まずは座間味もある「慶良間列島」の島々を船上からの写真で紹介しましょう。
1枚目は渡嘉敷島です。慶良間列島で最大の島です。98年にこの島を訪れた際は、逆ナンパをされました。ただし、相手は「ゲイ」でしたが・・・「操」は保ちました。
2枚目は安室島。
3枚目は阿嘉島。
4枚目が座間味島。遠くに見える方です。
続いて座間味島内の写真です。とにかく海がきれい。「吸い込まれそうな」海。北海道の釧路湿原と似た「無限感」を感じられてゾクゾクしました。
1枚目は古座間味ビーチ。やっぱりCM調です。
2枚目は高月山展望台からの眺めです。列島が一望できます。宮城県の「松島」みたいです。一番遠くに小さくうっすら見えるのが、沖縄本島だったと思います。
3枚目は阿真ビーチ。スケール感を出すため、タバコの箱を置いてみました。
<最終日:4月の海で泳ぐ>
実は2日目の写真はありません。1日目で島を一通り見てしまったので、2日目は写真1枚目の古座間味ビーチへ行き、4月頭の海でシュノーケルつけて泳いでたからです。海に入るにはちょっと気温が低かったですが、前年の3月半ばに行った北海道を考えたら、海に入るなんて考えられない「雪の世界」なわけです。改めて「日本って南北に長いんだなぁ」なんて、当たり前の事を感じてしまいました。
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●沖縄本島1周編詳細
<4月3日:嘉手納基地・残波岬・万座毛・名護市>
4月3日の午前中には最終路上検定に合格します。これで、あとは茨城に帰って本免許学科試験を受ければいい状態になり、教習所を卒業します。この日の午後から、2泊3日で本島1周を始めます。海沿いに時計回りのコースを取りました。左端通行の日本では、この方が海を近くに見ながら走れるからです。
普天間基地だの嘉手納基地だの、那覇から先しばらくは、アメリカさんの施設を右手に見ながら北上です。西海岸の小さな飛び出し「残波岬」や、某航空会社のリゾート地なんかを眺めながら、初日は名護市まで走ります。
1枚目は嘉手納基地の看板らしきものです。
2枚目は残波岬から撮影したもの。
3枚目は万座ビーチホテル。リゾートにふさわしく、いい立地だと思います。
名護市では、沖縄サミットのオフィシャルホテル「ブセナテラス」だの、沖縄ビールの「オリオンビール」工場に立ち寄ります。
1枚目がブセナテラス。サミットのために建てられたのか知りませんが、新しいです。
2枚目はオリオンビール名護工場。98年に来た時に見学したので、今回は記念撮影だけ。
この日は予定通り、名護市のビジネスホテルに宿泊します。午後だけなので、日記によると走行距離は約100kmでした。
<4月4日:今帰仁城跡・嵐山展望台・辺戸岬・東海岸・やんばる>
この日は朝からずっと雨でした。原チャに雨はけっこう辛いですが、走らないと始まらないので出発します。
まず、沖縄本島の「大きなでっぱり」、本部半島を回ります。確か世界遺産にもなっている「今帰仁城跡」を見ます。
1枚目は城跡入り口。桜の開花時期はキレイなのだそうですが、葉桜でした。
2枚目は城壁。構造が「万里の長城」に似てる気がします。
3枚目は城跡内のどこか。昔の城主も歩いたのだろうか、なんて想像してみました。
城の次は、半島の北側の付け根付近にある「嵐山展望台」に向かいます。海の色が赤くなっていますが、雨で流れ込んだ土砂のせいだと思います。土砂がなくて晴れてると、入り組んだ陸地と海の感じがもっとキレイに見えたと思います。
そのまま北上し、沖縄本島の最北端、辺戸(へど)岬に向かいます。沖縄本島の最北地点ということは、日本本土に一番近い場所でもあります。よって戦後の沖縄占領中は、ここに人々が集まって「本土復帰運動」なんかを行ってたそうです。また、晴れていれば「当時の日本最南端」与論島まで見えるそうですが、この日は見えませんでした。
余談ですが、本島南部の糸満を出てから辺戸岬まで、走行日記によると約200kmあったようです。海沿いに大回りしてもそのぐらいですから、当然のことながら北海道に比べればずっと小さい島であると、走ってみて実感しました。
1枚目は岬の園地。復帰運動の様子をイメージしながら。
2枚目は、その「最も近い」であろう岬の先端部です。
3枚目は、辺戸岬からちょっと行った所でみつけた注意書きです。注意して走ってみましたが、残念ながら見かけませんでした。余談ですが、俺の原チャと車にも「熊出没注意」という注意書きステッカーが貼ってあります。北海道では有名な遊び土産です。
さて、辺戸岬からは、沖縄本島の東海岸を南下していくことになります。まず、沖縄の西側を南北に貫く「国道58号線」の「沖縄本島側の」起点を見つけます。「本島側の」としたのは、実は国道58号は沖縄だけでなく、奄美大島、種子島にもあり、鹿児島市に至る「海上を含む」道だからです。そして、「海上の道」は「フェリー」がそれに相当するのだそうです。このことは、沖縄に来る船の中で知りました。
起点の向こう側を県道沿いに南下すると、まず東海岸の海が広がります。沖縄の海は一般に西側の方がキレイだと言われます。実際ビーチは静かな印象がありますし、リゾートホテルもほとんど西海岸にあります。でも東海岸の、それも北部の荒々しい感じは、見て損はないと思います。
沖縄は、自然環境で見るところは海だけだと思ってましたが、北部の山々「やんばる」を見てだいぶそのイメージが変わりました。その写真も紹介します。
1枚目は例の「国道58号起点」です。フラッシュが反射してしまいましたが、光っている部分に起点であることが示されています。
2枚目は東海岸の様子。こんな感じで、いわゆる「沖縄らしい」海ではないです。
3枚目はやんばるの見所の一つ、タナガーグムイ。渓谷の中にある小さな滝です。崖の下にあって、そこまで階段はなく、ロープが下げられているのでそれを伝って登り降りするしかありません。汚したくない服では行かない方がいいでしょう。
4枚目はやんばるの景観です。やんばるに入るとしばらくは海も見えなくなるので、こういった景色を眺めながら走りました。何にもないわけですが、それがいいのです。それに、200km以上も海ばかり見て走れば、いくらキレイでも正直飽きてきます。
2日目はこのまま南下して、やんばるエリアの終わりに近い東村というところで宿泊します。この日はほとんどずっと雨に打たれつつ、名護市から150kmぐらいの走行でした。
<4月5日:ヒルギ林・伊計島ほか・那覇牧志市場>
最終日、4月5日になります。
東海岸・やんばるは良いと言いましたが、ここから南に行くと見る物が減ります。宿泊した東村では、いわゆるマングローブ林を見ることができましたが、そこからはしばらく市街地走行なので、面白みはありません。走っていて面白かったのは、東側のでっぱり「与勝半島」から平安座・宮城・伊計各島に伸びる道、海上を突っ走る「海中道路」くらいです。
1枚目と2枚目は慶佐次湾のヒルギ林です。雨のために土気色の水になっていて、水かさが増しているのでマングローブ的な根っこは見えません。ただ、海に近くて水気・塩気たっぷりのところに生きられる樹木があるというのを実際に見て、「へぇ〜」ボタン連打でした。
3枚目は、先に書いた3島を、沖縄本島側から金武湾の向こうに撮影したものです。あそこまで向かいます。
で、その海の上を突っ切る道路を走ります。道の果てにある伊計島まで行きましたが、ビーチの入り口で記念撮影しただけでした。
1枚目は海中道路の本島側の起点。ここから最初の「平安座島」まで、約5km程は「両側が海」という道になります。島と本土を海上で繋ぐ道というのは全国各地にあると思いますが、ここまで長い距離のものは他に例がないのではないでしょうか?
2枚目は、単に到着記念に撮った伊計ビーチです。
そして、最後にとっておいた、「平和祈念公園」へと走ります。その途中では久高島を眺めます。久高島は行きませんでしたが、話によると、小さな島の南部と北部で「宗教対立」があるらしいです。久高島に行った教習所の仲間から聞いた話なので詳しく分かりませんが、もう一度沖縄に行くことがあったら、自分で行って確かめたいと思っています。
平和祈念公園は、98年に行った時にはもっとこじんまりした感じだったのですが、サミットに合わせてか新しく大きくなっていて、展示内容もだいぶ増えていた気がします。ただ、外から見た建物の全体像が「アウシュビッツ」みたいに見えたのは俺だけでしょうか。
1枚目は久高島の遠景。ズームにしなかったので、かすかにしか見えません。
2枚目は平和祈念公園と資料館。手前の黒い物体は、戦没者名簿。
3枚目は祈念公園がある摩文仁の崖。戦争末期、牛島司令官が最期を迎えた場所でアリマス。っても、飛び降りたわけじゃなかったと思いますが。
これで、3日間に渡る本島1周は終わりです。ここまでの走行距離合計は、約450kmでした。
既に教習所は卒業していましたが、この日1日だけは教習所の寮に泊まらせてもらいました。
<番外編>
で、4月6日の夕方に出航するフェリーで東京まで戻ります。そこまで時間があるので、定番の「那覇牧志公設市場」を見に行きます。魚だの肉だの野菜だのお土産だの、いろんなものがあります。牧志は確かに「観光市場」としての色も強いのですが、それ以上に生活臭に溢れていて、いるだけ・見るだけでも楽しいです。
1枚目は、原色のお魚たち。
2枚目は、豚の顔の皮。沖縄では豚の耳を「ミミガー」といって、刺身みたいにして食べます。イカみたいなかんじです。茨城では、海のものですが「アンコウは捨てるところがない」と言われます。沖縄では、「豚は捨てるところがない」とされます。
3枚目はその例。特選「中身」ってものが売られてます。中身とは豚の内臓のこと。沖縄にはこれを利用した「中身汁」という料理があります。食べた印象では、「中身」にはモツとも違う部分が含まれている気がします。変な味は全くなく、おいしいです。
4枚目は、帰りの船上からですが、奄美大島近海で見た朝やけです。時間は6:17となっています。その他は、来る時と違って夜中に通過していたらしく、撮影してません。伊豆大島なんかは撮ってありますが、あまりキレイに撮れてないのでやめときます。
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2000年春の、沖縄放浪写真は以上です。
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