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●化学合成農薬について

 リスクとベネフィット

 まず、農薬の話をする時に、他のHPでも最初によく使われている例え話をしましょう。

 みなさんは、車をお持ちでしょうか?もし持っていなくても、車一般で考えてみてください。

 車とは、非常に便利な乗り物です。自分で歩くよりも早くしかも楽に、目的の場所へ到達することができます。あるいは、一度にたくさんの重い荷物をやはり早く楽に運べます。

 しかし一方で、車を買えばいろいろお金がかかります。買わないとしても、バス等を利用すれば料金がかかります。それにご存知の通り、車というのはいつ事故に遭遇してしまうか分かりません。最悪命を落とす事もあり、絶対にそうならないとは言い切れません。

 それでも多くの人は、何らかの形で車を使います。自分で運転するか否かに関わらず、車を一切利用しない人はごくごく稀だと思います。

 それは多くの人にとって、車を利用することで背負う危険性や不利益(リスク)よりも、車を利用することで得られる様々な便利さや利益(ベネフィット)が大きいからです。

 「車を利用する」という行動に限らず、世の中のほとんど全てのことには、程度の差はあってもリスクの面とベネフィットの面が必ずあります。今、このページを見ていることのように、インターネットの世界を楽しむことも同じです。そして、

 「リスク<ベネフィット」

 と判断した場合、(それが結果的に正しいか間違っているかは別にして)人は普通、自分の利益になるような行動をします。だから逆に「リスク>ベネフィット」の場合、行動に移しません。状況が許さずにそうせざるを得ないにしても、本心では行動したがりません。

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<農家としての判断>
 農家が化学合成農薬を使う事も、これと同じです。

 「農家」の視点で言えば、農薬を使う場合に農家側のこうむる不利益(リスク)は、

@お金(経費)がかかる
A農薬を散布する手間がかかる
B農薬を直接吸ったり浴びたりするる危険性がある

 という大きな3つのリスクがあります。一つずつ説明します。まず、単純にお金がかかるということで、買わないで済むならそれにこしたことはありません。手間についてですが、農薬を散布する時間と労力というのは無視できないもので、特に農繁期では、本当は収穫などお金になる作業(収穫・出荷以外の作業は、一切お金になりません。)に時間と労力を回したいのです。

 最後の、農薬を直接浴びる危険性です。後でも書きますが、農薬の「安全基準」というのはあくまで「食べる段階」の安全性で設定されているので、実際に使用する農家の安全はほとんど保証されていないことから来ています。つまり、例えば1000個のトマトに1リットルの農薬を散布した場合、1個平均では1mlの農薬がかかっていると考えられます。まぁ、かからない分もありますから0.8mlとしましょう。これはだいぶ極端な例えですが、いわばその0.8mlを基準に「安全」とされているわけです。よって、「1リットル」を散布することで「吸ったり浴びたり」する農家は、いくら保護服や防毒マスクをつけても、「食べる人と比べて」明らかに多くの農薬を体内に取り込んでいるため安全とは言い切れないのです。まぁ、俺は大して気にしていませんが、農薬散布後は何となく気持ち悪くなることもあります。

 ここまで読めば、「だったら使わなきゃいいじゃないか。」と思う方もいると思いますが、やはり農薬にはそれ以上のベネフィットがあります。それは、

@病気や害虫を予防や治療あるいは駆除することで、安定した収穫量を確保できる

 これ一つに尽きます。もし、農薬を一切使わなければ、病気や害虫に作物を荒らされ、結果的に収穫できる農産物(商品)が減少し、自分の収入・生活に直接打撃を与えます。まぁ、俺は無農薬栽培をやったことがないので実際には分かりません。ただ、県の園芸試験場の実験データによれば、具体的数値として、

 「無農薬でトマトを栽培した場合、農薬を使用した場合よりも、約40%減収となる。」

 というものがあります。これに基づいて、ちょっと生々しい話をします。

 自己紹介のページでも書きましたが、2003年度の俺の「売上」は約300万です。ここから経費で約半分近く飛んでいって、俺の「年間農業所得」になります。これだけでも、同世代の大卒サラリーマンが手にしている平均的年間所得より少ないと考えられます。

 そこへもし無農薬栽培をして、データ通り40%の減収となれば、俺の「売上」は180万円となってしまいます。確かに、農薬を使わないことでその分の経費と手間は減ります。でも経費だけで言えば、俺の経営面積で使用する農薬代は多くてもせいぜい5万円くらいです。ということは、売上180万円では年間所得100万円ぐらいにしかなりません。

 そして仮に100万円で1年間食っていくとして、まず俺の住んでいるアパートの家賃は1ヶ月4万3千円です。だから年間51万6千円になります。

 よって、100万−51.6万=48.4万円です。
 そして、48.4万円÷12ヶ月=約4万円!

 俺は、某番組でやっているような「1ヶ月1万円生活」をするつもりはありませんので、1ヶ月4万円では1年やっていくのにギリギリです。まぁ、バイトとか他にも若干の収入源はありますが、主婦のパートのように丸一日しかも毎日はできません。農閑期のバイト時間を合計しても、多くて3〜4ヶ月分くらいですから、生活の柱にはできません。

 それに、バイトしないで農業だけで食っていけるなら、それにこしたことはありません。実際、好きでやっているにせよ、時間当たりの労働内容で言えばパートやバイトよりもずっとキツイことをしているわけですから。

 ちょっと生々しい話をしましたが、その方が分かりやすいと思ったからです。農薬を使わなければ、結果として年間収入は減り、俺は満足に生きていけないのです。だから、お金がかかって、手間がかかって、体に対する危険性があっても、俺は農薬を使います。

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<消費者としての判断>
 農家である俺ですが、トマトとその他いくつかの野菜以外については消費者でもあります。それに、こうして農家をするまでの22年間は消費者だったわけです。

 今の俺は農家として、農薬の知識があるのでこうは判断しませんが、単純に農薬を恐れている消費者が考えるリスクは、おそらく次のようなものでしょう。

@美味しくない
A健康に影響・害がある
B環境に影響・害がある

 他にもあるかもしれませんが、主なものは以上3つだと思います。

 まず@ですが、これは何とも言えません。なぜなら「ウマイ」「マズイ」をはじめとして、「感覚・感情一般」に、数字のような客観的基準は設けられないからです。後に書くように、農薬の「安全ということ」に数字は与えられても、個人の判断基準に基づく「安心ということ」に客観的な基準は設けられません。

 味覚をはじめ「感覚・感情」のことでは、確かに「多くの人がそう感じる」とは言えても、「8おいしい」「2マズイ」などとは言えないでしょう。余談ですが「私のこと、どのぐらい好き?」と聞かれても「6好き」のように言う事はできませんよね?それに、同じ物を食べても人によって好みが違います。例えば、俺はニガウリの苦味を感じて「ウマイ」と思って食べますが、嫌いな人には「あんな苦いもの」と評価されるでしょう。

 加えて言うと、事前にどちらがそうであるか知らない状態で目隠しまでして「無農薬トマト」と「普通のトマト」を食べ比べさせ、結果として「無農薬が美味しい」と感じたとしても、それは偶然であって根拠になりえません。なぜなら、農産物は作る人や環境によって同じ品種でも全く違うものになり、逆の結果も十分ありえるからです。また、たとえ同じ農家が同じ畑の中で普通の野菜と無農薬野菜を作ったとしても、それらを比べることはやはり無意味です。作る人の管理方法と環境の条件は揃っても、収穫される苗自体には個体差があり、違う農家が作ったものほどではないにせよ、味に違いが出るからです。まぁ、この条件下のトマト同士で比較を繰り返し、結果として「無農薬が美味しい」と感じる人が多いなら、若干の信頼性はあると言えるような気がします。最後に、食べ比べた本人にとって実際には大差が無かった場合には「後に食べたものを美味しいと感じてしまう傾向がある」と、心理学的には言われているはずです。

 もう長くなるので書きません。ですから、農薬がかかっている農産物について「味に全く関係ありません」とは、俺もそうですし誰もそんなことは言えません。「農薬を使用するとマズくなるのか否か?」という公的な実験結果も、客観基準を設けようがないからありえないはずです。だから、「農薬がかかっている農産物は全て美味しくない」と感じてしまう方には、そうでない農産物を求めていただくより他ありません。

 次に、最も恐れられる「健康に害がある」というリスクですが、確かに「どんな人にも絶対に影響がない」とは言い切れません。ただ、いろいろある農薬の安全基準の内、最も重要なものとして、「ADI」という基準値があります。これを覚えていただければ、農薬に対する認識も、だいぶ違ってくると思います。

 「ADI]とは、「ヒトという生物が、体重1kg当りで、一生涯毎日摂取しても影響がない量」を表しています。これは、農薬が商品として流通する前段階に行われる、動物実験の結果を元に設定される値です。なお、「農薬」としか普段は言われませんが、厳密には「農薬製剤」と「農薬原体」は意味が違います。でも、そこまで言うと面倒なので一言で「農薬」とします。なお、実験は「原体」が対象です。

 ADI設定のための具体的な実験では、まず、農薬を混ぜた餌をラット等に与えます。複数のラットをさらに複数のグループに分けます。そして、それぞれのグループには異なる量の農薬を混合した餌を用意し、一生涯(普通は2年間のようです)食べ続けさせます。例えば、Aグループには8の農薬を混合した餌、Bグループには7の農薬を混合した餌、同じように、C,D・・・と複数あるグループ毎に、常に一定量の農薬を混合した餌を与え続けます。そうするとラットには、寿命に至る前に「様々な」影響が確認されるようになり始めます。逆に、影響が見られない場合もあります。なお、「影響」には、ガンもそうですが、その他「普通は現れないはずの」様々な異常症状・異常反応なども含まれています。

 そして各グループ内のラットは複数なので、当然、影響が出始める時期には個体差(=個人差)があります。しかし、グループ内のどのラットも一生涯影響ナシに生き続けられた量もあるわけです。例えば、1グループにはラット10個体を用意し、Cグループには「6」の農薬を一生涯与え続け、10個体の内1個体に農薬の影響が現れたとします。ところが、Dグループには「5」の農薬を与え続けたが、どのラットにも一切影響が見られなかった、という結果が出たとします。そうすると、この「5」というのが「個体差を考慮しても、影響を受けることなく、一生涯を通して摂取可能な、1日当りの最大量」として設定されます。

 その「5」という量を、ラットの平均体重と割り算すれば「単位体重当りで、毎日摂取しても影響がない最大の量」が分かります。この量・値を「無毒性量」と言います。

 この「無毒性量」に、その他いろいろ考慮される「ラットとヒトという生物差」などを考慮して、「安全係数」が掛け算された値が算出されることになります。係数は一般に「1/100」が用いられるそうです。

 こうして求められた量・値を「ヒトという生物が、体重1kg当りで、毎日摂取しても影響がない量」として「ADI]と言います。これを基準に、農薬の希釈倍率や食べても影響がないとされる散布後の経過日数が決定され、「登録番号をもつ」農薬として流通することになります。

 ただ、誤解しないで頂きたいのは、実際の実験はもっと複雑であるらしいということです。グループ内の個体数は様々ですし、ラットだけでなく「イヌ」を用いたり、単に「その個体で影響が無かった」ことだけでなく「3世代に渡って食べ続けても影響がない」など、その他いろいろなことについても実験された結果、ADIが設定されています。

 と、ここまで書きましたが、俺が実験をしているんじゃなくて、あくまでもそういう実験がある事を知っているというだけです。さらに詳しくは、関連サイトなどをご覧下さい。

 そして、ADIの設定方法、実験方法は、農水省や厚生労働省などが決めていますから「登録番号がある」農薬は全て、「メーカー段階で薬剤量産上のミスがなく」「農家が使用法を間違えない限り」、安心であると俺は判断しています。

 ただ「農水省などが定めた実験方法が、本当に安全と言える根拠は何か?」とまで問われれば、俺も答えようがありません。安全係数とされる「1/100」に当てはまらない人は「絶対にいない」とは確かに言い切れません。しかし、そうやって「子供のように」なぜ?なぜ?と疑い続ければキリがないことは見えています。どこかで「終わり」を決めなければいけないのです。(俺は「生き方」としては回り続けますが・・・)

 その「疑問の終わり」として、ADIの基準は十分信頼していいと俺は思います。それに、実験のごとく「同じ農薬が一定量かかった農産物を」「毎日食べ続ける」ということは、ほとんど考えられません。主食は毎日食べるじゃないか、と言われても「1日3食コメ」「しかも生まれてから死ぬまで毎日主食はコメ」という人は、ほとんどありえないと思います。仮にそういう人がいたとしても、「ADIを信頼する限り」という条件のもと、「安全である」と考えていいのです。それに、農家によって使用する農薬も様々になります。

 まぁ、俺も読みましたが「沈黙の春」等を読まれた方は、農薬を恐れるのかもしれません。しかし、あれはだいぶ古い話であって、先に挙げたADIのようなものがなかった時代の事件です。その頃から未だ使われている農薬もあると思いますが、それらも全て「登録番号があるなら」ADIという「安全値」が定められた上で、流通しています。

 その「安全値」に対して、安心と「感じるのか」「感じないのか」は、先に書いた味覚同様、客観的基準はありえません。ですから「安心だ」と納得できないで「回り続ける」方は、やはり無農薬の農産物を選べば済むことです。「メーカーが製造ミスを起こすかもしれないじゃないか」「農家が農薬の使用法を間違えているかもしれないじゃないか」という人に対しても、同じ答えです。

 だからむしろ、ADIという安全値が不明なまま、勝手に使用されている資材の方が「安心感」が低いハズなのです。ところが、無批判に「天然エキス」などというものが評価されがちなのは「ADI]が十分に認知されていない結果だと思います。本当に「体の事を気にする」なら、ADIを知らなければ何も始まらないはずなのです。

 天然物で具体的に言うと、最もメジャーなものとして「木酢液」が挙げられます。木酢液はいわば、「酢」と「ヤニ(タール)」の混合物です。確かに酢にはある程度の殺菌効果が認められていますが、タバコの「タール」が良くないことも知られている通りです。それを考えたら「体の事を考えて無農薬野菜を買う」人なら、本当は「木酢液なら安心」と思えないハズです。それでも「化学薬品の代わりに天然の木酢液を使用しています」という農産物に良いイメージを持たれてしまうのは、「天然」という響きがなぜかわからないけれど「安心感」につながっているからでしょう、

 俺は専門家ではないので、具体的に「木酢液はどのくらい摂取すると危険だ」などとは言えません。ただ「天然物だという理由だけで、安全とはいえない」ということは、頭の片隅にでも置いていても間違いではないと思っています。「天然物」に対する「なんとなく良いイメージ」を完全に払拭するのは難しいでしょうが「ADI」のことを他の関連サイトや書籍などで調べていけば、いずれ納得いただけると思います。

 そして最後の「環境に影響がある」についても、ADIと同様の「環境影響試験」として、例えば水系に流入した場合に、魚等に異常が認められるのかといった、「魚毒性」をはじめとして、さまざまな試験がなされています。これについても興味がある方は、他で参照してください。

 いやぁ、農薬のリスクで長くなりました。では、農薬による消費者側のベネフィットを見てみましょう。

 「そんなもの何もない」と言われるかもしれません。本当にそうでしょうか?

@一般に見た目が良い
A安く買える
B欲しい農産物をいつでも、いろいろ買える

 などがあるはずです。「見た目が良い」については、結局「良い」という「感覚」の話ですので、繰り返しません。

 安く買える、というのは実感があると思います。この理由は、逆に「なぜ無農薬農産物は値段が高いのか」を考えればすぐにわかります。

 先に書いたように「トマトを無農薬・・・40%減収」というデータがあります。そして、それでは農家が生きていけない事も、俺の生々しい話でご理解いただけたと思います。

 もし、俺が無農薬でトマトを作ったら、その年間所得では、つまり「その収穫量(=販売できる商品数)」では生きていけません。そこでどうするかと言えば「1商品当りの値段を高くする」しかないわけです。それに「安全」かどうかは別にして、例えば「天然エキス」等を化学農薬の代わりに使用すれば「化学合成農薬」の何倍もの費用がかかります。なぜなら、工業的に大量生産できる「化学合成農薬」よりも、容易に大量生産できない「天然原料エキス」の方が一般的に考えて値段も高くなるからです。実際、天然をうたう農業資材は高いものが多いです。

 さらに、病気や害虫に効果があるかどうかも別にして、それらを使用したとすれば「病害虫が発生しても完全に放置」状態よりは、確かに収穫量(商品数)が増えるでしょう。結果として、普通に化学合成農薬を散布したのと同じぐらいの収穫量が確保できたとしても「天然エキス」の費用が余計にかかっていますから、売るものの値段を上げるしかないことになります。

 ですから「化学合成農薬を使用することは、農産物を安く買うことができる」と言う意味で、消費者の利益になっていると言えます。「天然農薬をしようしていても、結構安く売っている農産物もあるじゃないか」と言われても、そうですね、としか言えません。ただ、やっていない俺には推測しかできませんが、おそらくその農家の人は、普通に農薬を使うよりも結果的に収入が減っているだろうと予想できます。それでもそうしているのは「その農家の経営方針」ですから、やはり俺には分かりませんし、その人に対して何か言うこともできません。

 ただ俺は、いくら「お客様は神様」とはいえ、「基準の不明確な安心感」に一生懸命迎合して、結果として自分の生活を犠牲にしてまで農家を続けたいとは、全くもって思えないのです。俺は、そこまで自己犠牲の心を持った器の大きい男ではありませんし、悟りを開いた宗教家でもありません。「そうしたい農家はそうすればいい」「そういう農産物が欲しい人は俺の他から買えばいい」、それだけです。

 最後の「いつでも買える」ですが、これは国産品もそうですが、どちらかと言えば輸入品に言える事です。いわゆる「ポストハーベスト農薬」ですね。

 海外から日本国内に来る農産物は、一部を除いて船舶輸送です。何日も何日も海の上を送られてくるわけです。普通だったら虫がわいたり病気で腐ったりして、例えば積んだ段階で10あった輸入農産物も、日本につく頃にはヘタをすれば全滅に近いことになるでしょう。確かに、飛行機で輸入もできますがそれでは一度に輸送できる量が限られますし、輸送コストも関係して結局は店頭の値段が上がります。

 これを考えると、ポストハーベスト農薬がなければ、輸入に頼る日本国内の食糧事情は極端に悪化するはずです。輸入に頼っているということは自給率が低いわけで「いつでもなんでもある」状態は維持できなくなります。さらにその状況下で、万が一国内農家が全て無農薬栽培をすれば、トマトの40%ではないにせよ、全ての農産物の収穫量は減少し、消費者は餓えに苦しむことになるでしょう。あるいは、虫食いだらけだったり病気でカビが生えていたりする農産物を、文句なしに買うしかありません。

 ただ、俺はポストハーベスト農薬については、国内で認められている農薬ほど安全と意識していません。というのは、確かに世界各国では何かしら農薬の安全基準が定められていますが、それらは基本的に「自国民の食文化」を前提にしたものだからです。農薬の安全基準を設定する中で、フードファクターといって「平均的日本人が一生涯に食べると想定される量」が考慮されていて、農産物別に設定されていたと思います。これが、輸入農産物については考慮されないことになります。つまり、日本以外のある国の中で安全と判断された農薬でも「平均的ではない日本人」にとって「安全」とは、確かに言い切れないからです。安全の基準・前提が違うわけです。それに、フードファクターというものが外国で考慮されているのかどうか、俺は詳しくわかりません。

 ただ、先に「コメ」の話をしましたが、それと同様「同じポストハーベスト農薬がかかった輸入農産物」を「一生に渡って毎日食べ続ける」と言う事は、少なくとも俺にはほとんど考えられません。確かに「ほんの少しでも摂取すれば必ず影響がある」という性質を持つ農薬はあります。しかし、そこまで極端なレベルの農薬は、「ヒト」という同じ生物なら世界中どこの誰でも危険なはずです。だから、何らかの安全性試験がなされていれば、そういう「特に危ない」農薬はどこの国でも使用されない「はず」で、俺は気にする必要がないと考えています。

 そうは言っても、ニュースなどで騒がれたように一部の国については、安全基準があっても実質上は無意味になっている場合もあります。そういう根本的な問題は注意すべきですし、その国からの農産物は輸入しないという判断も、状況によっては重要と考えます。でも、それ以外については、世間で騒がれているほどやたら心配して恐れることではないと、俺は考えます。

 ポストハーベストに限らず一部の農薬については、WHOなどで世界共通の基準、あるいは「絶対に使ってはならない農薬」として提示しているものもあります。その辺りまで俺は詳しく知らないので、興味のある方は調べてみてください。

 長くなるのでしめます。以上の事を考えて、「ADIのある農薬は安全と判断し」「使用しなければ自分が生きていけないから」、俺はベネフィットとなるように農薬を使います。
食べるにしても、メシを食うのにいちいち難しく考えてたらそれこそマズくなりそうなので「体が求めるものを」「要求どおりに」「おいしく」食べます。それが、体の調子を考えて一番いいことだと、経験上思います。 体が要求しないものを無理に意識して食べても、少なくとも俺は、おいしいと思えません。


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