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2008年2月下旬の作業日誌
2008年2月29日  1日=731円
 曇晴
 午前中はリブラント管固定のためマイカ線結び。昼をまたいでハウス南北の除雪。夕方までにリブラント管の配備も完了した。あとは天気と相談して屋根張りするのみ。
 今日は、変更契約締結後の第1回弁済期日である。♪月末ぅーになったーら♪月末ぅーになったーら♪お金がキチンと入るかな♪、と。まぁ、状況からして期待はしてなかったが、「来月21日には」との電話連絡を受けた。
 「有事の際」の心証を悪くしないよう、既に1度は宥恕し、期限の利益の再付与を行っている。書面上は、「1度でも」弁済が滞れば、一括弁済請求及び遅延損害金請求を行う権利がある。しかし、型通りにそれを実行するんじゃなく、相手を1度は許す「寛容な債権者」としての姿勢は示したわけで、「社会通念」なるものにも反しないであろう。だが、宥恕・再付与は「1度きり」であることに「各当事者は合意した」のである。
 一括弁済を求めるとともに(ムリだから遅れてるのは知ってるが)、年21.9%の遅延損害金をバッチリ頂く旨を伝えた。計算すると、1年間で約26万円、1日当りでは約731円の請求権が発生する。何もせず、ただ生きてるだけで・・・すげぇ。毎日新書1冊買えるじゃねーか。
 何も生み出すことなく、働かずに「金を持ってるだけで」金が金を産むサイクル。そーいうのは嫌いだが、残念ながら今回はそれに乗っかる。で、ある程度待って「増殖」しても改善が見られなければ、「然るべき措置」を講じる。一応、「被告」になったことはある(速度超過48km/h⇒8万円の罰金刑@土浦簡易裁判所)が、「原告」は未体験。社会勉強は、ジツニオモシロイ。

2008年2月28日
 雪
 張替えに伴う内職、マイカ線カット。8mちょいを4m往復にして切る。10畳半の部屋はムダに広いわけだが、この作業をする時「だけ」はフルに活用される。単純に考えて、部屋の中を行ったり来たり2kmほど徘徊した計算になる。
 で、3年に一度のワカメ干し。もちろん2芯タイプ。3芯は扱いやすいが、肉が薄くて切れやすいからダメ。
 何の本だったか忘れたが、世界各国の「軍隊」が殺した人間の数の統計を見ると、その内訳では、「敵国の兵士」を殺害した数よりも、「自国民」を殺害した数の方が多い、なんていうネタを読んだ記憶がある。外国と戦争するために「軍隊」があるんじゃなく、「内乱」「暴動」なんかの鎮圧のために、「自国民を殺すために」「自国民を暴力で抑圧するために」軍隊があるってのが実態じゃないのか?という文脈で。
 次元は違うが、ここんとこ繰り返される自衛艦と漁船の衝突事故ニュース見てて、ふと思い出した次第。あるいは日本も、「内乱」「暴動」鎮圧のために、自衛隊があるのだろうか?その名に冠する「自衛」の対象は「国民」ではなく、実は「政府」だったりするか?日本って国は、つまり政府および政府要人・高級官僚のことを指して言うのか?

2008年2月27日
 吹雪
 前日のツケでダルダルだったのは覚えている。

2008年2月26日
 曇
 残りの肩裾張り直し完了。屋根下ろし⇒パッカー回収⇒てっぺんで切って落とす⇒裾を張る⇒100m横方向カット⇒もう片方の裾を張る⇒捨てるだけの余りを小分けにして回収までやって、大体9時間を要する。
 昨日から2日で、800m分のスプリングとマイカ取りを入れ、概算で軽くその3倍以上の距離をカンジキ雪中行軍したことになる。正直、肩裾張替えを甘く見ていた。右手の握力は情けないほど低下し、親指は腫れ上がり、足腰は悲鳴を上げている。冬眠明けってのもあるだろうが、冬場の野良仕事でここまでになったのは初めてかもしれん。そして、夏は日常茶飯事だが、冬としては初めて「世界は、空は、間違いなく俺を中心にグルグル回りながら揺れている」ことを確認した。ついには気持ちよくなって絶頂に達し、倒れる。すばらしき野良の世界。僕らはみんな、生きている。

2008年2月25日
 曇雪
 農薬は、疑いなく安全だ。
 これは、誰もが認める事実である。
 俺は農薬を吸いまくり&浴びまくりだが、むしろ健康である。
 農薬は、100%安全だ。
 これを疑うのは、愚劣なる知性の証左である。
 およそ健全かつ正常な人間が、どうして農薬の安全性を疑うことがあろうか?
 これを疑うのは、かのデカルトのごとき愚劣なる懐疑主義者のみであろう。
 なぜ、懐疑主義者どもは、疑うことを止めないのか?
 俺は、その答えを知っている。
 すなわち、懐疑主義者なる劣等人種どもは、常に不安なのである。
 懐疑主義者なる劣等人種どもは、自己のアイデンティティーを確立する基盤を持たない。
 よって懐疑主義者なる劣等人種どもは常に、「全てを疑う」こと以外に、自身の存在を確認する術を持たないのである。
 しかしこの不安こそ、今まさに、我々を滅ぼさんとする脅威なのである。
 不安に駆られた懐疑主義者どもは、「疑っている自己」以外の存在全てを破壊することで「安心」を得んと欲しているのだ。
 しかし我々は、賢明である。
 そのように得られた「安心」など、唾棄すべき虚妄に過ぎないことを知っている。
 我々は、神に選ばれし、高等な知性を持つ人種である。
 劣等人種たる懐疑主義者どもには到底理解し得ない、「真の安心」を知っている。
 「真の安心」とは、いかにして得られるか?
 それは実に簡単だ。
 疑いを、捨て去ることである。
 懐疑主義者どもの「疑い」こそは、劣等人種のみが持つ「絶対悪」である。
 懐疑主義者どもの「疑い」こそは、我々を破壊せんと欲する「脅威」である。
 この危機にあって我々は、神に選ばれし人種として、その生存権、および生存圏を確保しなければならない。
 すなわち、「懐疑主義者どもの根絶」こそは、神に選ばれし我々に与えられた、至急にして至上の任務なのである。
 農薬は、危険であるか?
 否、否、否。断じて、否である。
 農薬は、疑いなく安全である。
 万人に自明であるこの事実を疑う者は、全て懐疑主義者である。
 懐疑主義者どもは、全て根絶されなければならない。
 根絶こそは、懐疑主義者どもに与えられた、神の意思である。
 今まさに我々は、神の代理執行人として、懐疑主義者どもを根絶せねばならない。
 平和な世界とは、懐疑主義者どもの根絶なしにはありえない。
 今、世界に危機をもたらしているのは、懐疑主義者どもである。
 根絶、根絶、根絶。
 そして我々は、神となるのだ。
 ・・・眼には眼を。歯には歯を。断言、誇張、反覆してみた。
 作業は、ドナ東半分の屋根を下ろし、肩裾2枚分取って固定まで。想定していたよりメンドクサイが、だんだん気持ちよくなってきた。

2008年2月24日  単純化、断定、誇張、反覆
 雪
 「ヤバイ古典」を食い終えた。
 ギュスターヴ・ル・ボン著 櫻井成夫訳 2007.『群衆心理』講談社学術文庫.
 19世紀末のフランスにおいて、民族主義的保守思想(&反共)の立場から書かれた社会心理学の古典、という区分になるだろうが、それに加え「ノンフィクション・ホラー」としての側面を見せられた感じがする。
 「三人寄れば文殊の知恵」という言葉は良く知られているし、特に異論を持つ人も少ないだろう。一人で考えたり判断したりするより、複数で知恵を出し合った方が、より良い結果が出せる、と。
 だが著者は、それとは全く逆の主張をする。すなわち、たとえ集団を構成する個々人単位では「教育ある人々」であっても、群衆となると知能の上では個人より常に劣る、と。農作業「効率」のことで言えば、1+1=2どころか3とかにもなる。だが、「判断力」という点では、1+1=マイナスになる、と。そーやって、集まれば集まるほど知能が劣った「群衆」がいかなる特性を持ち、それをコントロールするにはどのような手段を用いればよいか、ということが書かれている。「実践書」と言っていい。
 群衆は、理性的な判断力を持たない。群衆は、感情によって動く。そのような群衆の前では、理論的な説得は無力である。群衆を動かすには、その感情を読み取った上で、群衆が抱く感情に訴えかける、単純化した言葉を選ぶことが第一である。そしてその言葉を、「断定的に、誇張し、反覆する」ことによって、理性・判断力を失った群衆は、容易に指導者に従う、等等。
 注意しなければならないのは、この本そのものが「断定、誇張、反覆」に満ち満ちており、読者をして「群衆化」させようとしている点である。この本は、集団にあって、個人としての自分が「群衆化」する危険性を自覚し、埋没を避けるための予防薬として読まれるべきだろう。だが、ミイラ取りがミイラになった的に、読んでいるうちに自身が「この本の読者」という群衆の一部と化してしまったのが、ヒトラー、ムッソリーニ、レーニンだったと言うこともできる。今となっては皮肉にしかならないが、151ページにはこうある。『指導者は、特に狂気すれすれのところにいる興奮した人や、半狂人の中から輩出する。』・・・彼らにこの自覚はなかったのか、あるいは群衆を率いる上で「あえて」演じたのかは知らないが。
 何にせよ恐ろしいのは、この「断定、誇張、反覆」が、21世紀の現在までも間違いなく効果を持っているという点である。
 日本の、「変人」はかつて言った。
 曰く、「改革は必要だ」(断定)
 曰く、「民営化をすれば、経済は活性化する」(誇張)
 曰く、「だから、改革は絶対に必要だ」(反覆)
 農業だと、
 曰く、「農薬は危険だ」(断定)
 曰く、「農薬には発がん性がある」(誇張)
 曰く、「だから、とにかく農薬は危険だ」(反覆)
 もはやADIがどーとか言っても、ムダなのだろうか?消費者は、知性の劣った群衆であると見て、それに応じた対応を取るのが正しいのか?
 今を遡ること100年以上も昔に書かれたこの言葉は、残念ながら現在においても真実と言えるのだろうか?
 『断言と反覆に対抗できるほど強力なものは、これまた断言と反覆あるのみである。』p161

2008年2月23日
 吹雪
 昼過ぎ起床。予報通りの天候により引きこもり。ヒトラー、ムッソリーニ、そしてレーニンも手に取ったと言われる、「ヤバイ古典」を紐解いた。
 夜は農研監査会。何やら面倒なことがありそうな気配。

2008年2月22日  肩裾撤去完了
 曇
 午後出動でリア西半分の肩裾撤去、これで2棟全部完了。屋根流用での貼り直しに入れる状態になったが、明日から荒れる予報。ボチボチ恒例の「クソ暴風」の時期。

2008年2月21日
 曇断続的にやや風
 何か風あるしダルいんで今日はお休み。
 午後は「とある国際的な任務」を完了した。ちょっと勉強になった。


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