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2007年4月上旬の作業日誌
2007年4月10日  南半分施肥&ロータリ
 晴後雨
 各棟南半分に石灰とリン酸散布、のちロータリ耕連続2回。

2007年4月9日  第2回弾丸引き
 曇時々雨
 午前中に第二回弾丸引き。今年は雪が少なかったからマシに乾くかと期待したが、なんでこの南は絶望的に乾かんかね。結局、雪があろうがなかろうが、ここの土はある一定程度までしか乾かん、腐れな土であるということが判明した。
 午後は農研三役の挨拶回りと肥料買出し。石灰は炭カル使うつもりだったが、pH6ちょいなら有機でも可だし、微量要素補給の意味でカキガラ石灰を採用。

2007年4月8日
 雨後曇時々雨
 朝はFさんの屋根張り。雨に濡れたせいかどうも調子悪い中、そーいや忘れてた(ってそれじゃイカンのだが)土壌改良計画をあれこれ。知れば知るほど手が出せなくなるのが土壌改良とか施肥設計の怖いところで、あっちをいじるとこっちがダメ・・・となりがちで、いい具合のところで妥協点を見出せないと、結論を出すことじゃなくて考えることが目的化して、終わらない。しかも、あれこれ考えることの方が面白かったりするからタチが悪い。夕方には自分で土壌残留窒素だのpHだの測定して、Aザイの土壌診断結果と照らし合わせてさらにあれこれ。結局、無難に石灰とリン酸だけと、考えるまでもない結論に至った、と。

2007年4月7日
 晴
 かなり久々に主夫して、夜は農研三役会。
 アイン・ランド『肩をすくめるアトラス』を読み終えた。『水源』と合わせた主張として、以下のようなことがあると言える。
 「漫然と生きる者に価値はなく、能力のある人間を縛りつけ、その自由を奪い、その産物に寄生して生きるのであれば、そんな者は滅ぶべし」
 「人間の歴史は、能力ある一部の者が発展させてきた(=マルクス的歴史観と正反対)」
 「能力の無い者は身の程をわきまえ、能力のある者の下で、能力のある者の邪魔にならんように仕事『させていただく』べし」
 「能力のある者から『搾取されている』などと思うのは、勘違いもはなはだしい」
 「能力のある者が、その能力を自由に発揮させて生み出した産物によって人間社会が発展してきたことを忘れてはならない」
 「能力ある者がなんぼ稼ごうが、能力のある者に罪などあるわけがない」
 「能力の無い者だけで社会を運営することなどできはしない」
 「能力のある者が相応しい報酬を受け取ることができる資本主義社会は正しい」
 「しかし、現状では国とかが余計な規制とかを作っており、能力のある者の障壁になっている」
 「それどころか、能力のある者から搾取した富を、能力のない『たかり屋』どもに分配しようとしており、許せない」
 「よって、国は余計なことをせず、完全に放任した『純粋な資本主義社会』を展開させるべし」
 と。
 これはキツい。しかしながら、小説内で展開された「能力のある者だけのユートピア」は、まさに、(能力ある)個人の自由の担保として、(能力ある)人間による共同体が必要であることを認めちゃってると見ることもできるし、俺が想定する共産社会に近い。まぁ、「共産」って言葉が持ってしまった「規制」「不自由」みたいなイメージがいかんのだろうな。

2007年4月6日  第1回弾丸引き
 晴
 午前中はAさんの定植手伝い。午後は石拾い終わったんで第一回弾丸引き。
 薬害訴訟とかでよくある、「国を相手に」損害賠償請求するということ。それで原告側が勝訴した場合に受け取る賠償金ってのは「国のカネ」、つまり俺らから持って行かれた税金である。「国のせいで被害を受けた人のことを考えれば、国は賠償してしかるべき」という、ありがちな見解に、なんか違和感がある。だって、俺らが働いて稼いだカネだべ?まさに「国民の血税」なわけだ。何で「国」の失敗を、俺らが肩代わりしてやらねばならない?また、税金払ってる国民自身が、何で平気で「国は賠償すべきだ」などと考えられるのか?他人に、「俺、自分の仕事ですげー損失を出しちまった。あんた、俺の損失を埋めてくれる?」とか言われても、普通の感覚なら誰もウンとは言わないだろう。保険でもかけてない限り、てめーの失敗はてめーの責任だし、それが当たり前だからだ。何で「国」の場合は、「俺の失敗は、あんたが片付けろ」で話が通るのか?

2007年4月5日
 曇
 昼前まで寝た。午後出動で石拾いの続き。あとちょい。南は相変わらず生乾きだが、どーせ乾かない土なのは分かりきっていることで、石拾いが終わり次第ひっくり返す。

2007年4月4日
 晴
 リアの本管立ち上げ位置を修正して、全配管の修正完了。圃場内の石拾い開始。

2007年4月3日
 曇一時雨
 切った配管を組みなおし。切る段階で、継ぎ手に入り込む実際の接着面の長さを考慮しながらやっているからこそ、いざ接着してズレが出ると、例えそれが5mmであっても非常に悔しい。1箇所のズレは大したことではない。だが、何箇所もT字を繋いでいくと最終的に大きなズレになったりする。初年度に作った配管は、チューブがベット上から落ちるぐらいズレが出たりして修正を要した。塩ビ管を接着する時のズレなど、世の親方衆は承知なんだろうが、こーいうつまらない知識すら、俺の立場では自分でやって失敗して知るしかない。それが問題であり、面白みでもあるんだが。

2007年4月2日
 晴れてたか
 抱き畝4ベット仕様にすべく、配管を設計しなおしてひたすらぶったぎり。去年を除けば、なんだかんだで毎年配管を作り直してるが、これでほんとに最後となるだろう。側面に沿って半ベット作るのは、面積の有効利用としては意味があるものの、ネズミ被害を考えると現実には不経済だから、再びその方式を採ることはない。また、6.3m幅のハウスで抱き畝4ベットというのは、どう考えても物理的に限界、これ以上増やしようがない。もしまた配管をいじるとすれば、実際に苗が生長した後、4ベットという密度では作業の上で支障が出ると分かって、3ベットに減らす時ぐらいだろう。

2007年4月1日  5年目突入
 晴黄砂
 5年。もう5年。見境なく突っ走ってくると、5年とはこれほど早いものかと。それだけの時間が経過したという実感は全くない。まだ2〜3年しか経ってねーんじゃねーか?ぐらいの感じでいる。
 1年目の今日は、まさに入学式を迎えた1年生の如く、「期待と不安でいっぱいです」な感じだった。年々、不安の方は薄れていったが、今年はそれがやや復活している。確かに、この俺様ならできる、と言い聞かせて4ベット定植の判断を下した。しかし今日、改めて番線の調整位置を再確認して直管立てて現場イメージを見て、「正直、やばくね?」と不安を覚えた。ただし、「今までどおりなら」だ。
 どう考えても、過去4年間は、なんぼ忙しくてもどっかに「余裕」があった。忙しくても、気持ちの上の見通しとして「まぁ、何とかなるわ」な部分があったし、事実、どーにかなってきた。要は、瞬間的な事態を除けば、トータルで「限界」がどの辺にあるのか見極めていない。だからブレーキもかけられない。「シメ」という意味でも、今年は「不安」に思うぐらいの状況を課さねばならない。
 それでも、結果的には「どーにかなりましたけど?」となることだろう。かつてホリエモンは言った。
 「僕には、明るい未来しか見えていませんから」
 2本立て、延べ5600本近いトマトが、今年の相手だ。


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