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2007年1月中旬の作業日誌
2007年1月20日
 曇
 今日もまたニッ○ンの返品が1件。なんで苦労して配達した荷物を、また苦労して集荷に行かねばならない?そしてまた、「サービス」という実体のない商品が一つ売れる・・・
 日本って国の産業構造を統計的に見ると、おそらくはいわゆる「第三次産業」が多くを占めるんだろうが、それはつまり、「実体のない商品」「実体のない価値」をやたらと生み出している国ということである。もっと言うと、「やろうと思えば大抵は誰でもできる、特別な技術とかを要しない事なんだけど、単に時間がかかったりメンドクサかったりするから、誰かに代わりにやってもらいたいと多くの人が望む行為」を、広義の「手数料」として「金と交換で」引き受ける職業がいろいろある国である。
 「金」ってのは、そもそも実体がない。いや、「紙幣」だの「硬貨」っていう実体はあるけど、要は「労働の価値」を客観的に確認するための、共通の単位とか約束事・・・偉そうな言葉で言えば「概念」である。1円で言えば、「約1グラムのアルミニウムの塊には、『1円』という価値がある、と決めましょう」という(少なくとも日本国内では通用する)約束事である。そこから考えると、俺がヤマトで1時間働く行為は、「約800グラムのアルミニウム」と等価であるということになる・・・こう考えると、なんか恐ろしく安い感じがしてくる。
 金は、別な言い方をすると「証明」なのかな。「私は800グラムのアルミニウムに相当する働きをしました」っていう。だから、別にアルミニウムである必要性はない。それが事実だと証明できるなら、例えば「1働き」「800働き」って書いた紙だっていいわけだ。地域通過とかの原点はこれなんだろうが。
 あー、どーやって書こうとしてたか分かんなくなってきた。要は、等価交換じゃなく、「利益」を考え出すから、ひずみが出るってことなんだが。

2007年1月19日
 雪
 やはり今日も平和だった。ここんとこ平和すぎて、そのうち何かあるんじゃないかと内心ドキドキしている。眺山のタイム1BOXとか、手ノ子にヤマト便着払い10BOXで運行車を回して配達とか、ダンナに内緒のコレクト隠密配達とか、宇津沢で吹き溜まりに突っ込むとか、とにかく何か。

2007年1月18日
 みぞれ
 夜間配達を引き受けたぐらいで、今日もまた平和的に過ぎた。
 最近の疑問。配達に行くと出てくるガキ(やっと言葉を覚えたぐらい)。ハンコもらって俺が去ろうとすると、「バイバーイ」と手を振る。まぁ、ありがちな光景である。
 この場合、ガキはどーいう理解をしているのかが、すげー気になっている。
 @誰かが家に来て、玄関から出て行く姿を見た場合の「条件反射」に近い形で、意味は理解できていないまま「バイバイ」しているのか?
 Aその行為が、己の前から去る人に対する別れの挨拶であると理解した上で「バイバイ」しているのか?
 認知心理学とか発達心理学とか言われる領域なんだろうが、なーんか気になる。
 まぁいい。青のクリステル、いい。

2007年1月17日
 曇
 中津川の当日便配達があったものの、長井出しで昼にはもらえたので全体に平和的に過ぎた。
 こないだから、不二家の「期限切れ原料使用問題」が取りざたされている。社の行動規範には「逃げず、隠さず、偽らず」なんてあるらしい。まぁ、そりゃ、「法人」のやることとして「期限切れ原料の使用」はイカンと思う。ただ、これに関する、消費者のおごり高ぶる意見はいただけない。一面では消費者であっても、あんただってどっかに勤めて何かしら売ってる「(広義の)メーカー社員」だろーが。おめーの勤めてる会社だって、絶対、ウラで何かやってるって・・・と、「コンプライアンス(法令順守、だったか)」を掲げるヤマト運輸に片足を突っ込んでる俺は思う。
 結局、お互い様なのである。バレるが負け、なのだ。何か一つ隠しだしたら、ウソにウソを塗り重ね、1つのウソが10にも100にも1000にもなっていく。ほんとの事なんか何も言えなくなり、建前を繕うだけで精一杯になる。そしてそれもいずれ限界が来て、見事なまでに一気に崩れ落ちる、と。
 だからこそ俺は、少なくとも「自分の仕事」については何一つ隠さず、ここに(おそらくは必要以上に)開けっぴろげにする。空虚なウソで固めた実体のない成長など、俺が望むものではない。徹底した事実の開示と、それに基づく確固とした信頼の構築。見ず知らずの他人様から信頼を得るというのは、そうそうたやすいものではない。
 まぁ、そんな奇麗事をほざくのはよそう。俺は、単にそーやっている自分が大好きなナルシストなのである。ここで、なんやかんやと要不要を問わず、無軌道に文字の羅列を日々繰り返すことで、「俺ってこんなに信頼に足る生産者だべ」「俺はこんだけ開示してやってるんだから、もっと俺様を見ろ」と、勝手に自己満足すること・・・言うまでもなく、それこそが真の目的である。と、分かったように書いておくこともまた自己満足であり、今こうやってキーを叩いている間に、またそうやって文字列を表示させるように仕向けたことも自己満足であり・・・あぁキモチイイ。
 つまり俺の場合、「ウソにウソを重ねる」に近い形で、「自己満足に自己満足を重ねる」ことをやってるわけである。一つの自己満足が、10にも100にも1000にもなっていく。自己満足に繋がらないことなんか何一つ・・・(中略)・・・いずれ限界が来て、見事なまでに一気に崩れ落ちるのだろうか?
 でも、バレると崩れるんであれば、「自己満足」はバレてるわけで(つーか自分でバラしてる)、やはりこの「自己満足の牙城」は崩れないんじゃなかろうか。そうだと自覚しない奴が、人から「それは自己満足だよ」と言われりゃ揺らぐだろうが、俺の場合は自覚して最初っからバラしてるんだから、今さら人から指摘されてどーなることでもない。
 だとすると、俺の場合は逆に「それは自己満足じゃないよ」とか言われると揺らぐんだろうか?
 まぁいいや。「子供」が「もっとボクを見て(かまって)」と望むのは当然なのだ。うざったいが、要は「愛」を求めているのである。俺の場合はそれが歪んでて、相当程度「自己愛」で満たされているのは確かだが。
 ・・・寝るハ。

2007年1月16日
 晴
 休みなんで昼まで爆睡。例によって米沢でジェット風呂ミソギに行った。やはり平日の日中は空いている。
 そんなガラガラの風呂だったが、NHKで流れてそうな健康体操みたいなのを、無心で一生懸命にやってるオヤジを発見・・・それも、露天風呂と内風呂の出入り口で。そこはオメーの私有ジムじゃねー。なんぼガラガラでも、人が出入りするのにジャマだろーが。ほら、そんなに大手を振って「その場行進」やってたらぶつかるだろーが・・・
 普段なら「オヤジさん、場所考えようよ」とか言う俺だが、そんなに混んでるわけじゃないし、『いい年した白髪にして下腹も出た老人が、全裸フルチンで一生懸命に行進する』という、ある種の非日常な光景が妙に笑えたんで、今日は何も言わないでリクライニングで横になりつつ眺めた。んで、そんな彼の姿に「己の健康のためなら、周囲の犠牲・影響などかえりみない」という、極めて横柄な老い方の一般型を見た気がした。
 老いるという事、それ自体は罪ではない。が、「七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず」の老人なんか、そうそういねーだろうなと思った次第。
 ところで。ホウレンソウの油炒めは、簡単そうに見えて塩加減が難しい。塩が少ないと物足りないし、多いと単なるショッパイぐにゃぐにゃの食い物になってしまう。シンプルだからこそ、ゴマカシがきかない。

2007年1月15日
 晴
 朝一でニッ○ンの返品集荷が2件もあり、なんか萎えた。いや、確かに通販は現物見ないで買うから返品もあるんだろう。にしても、○ッセン出しの荷物を配達した家で、やはり何日か前に配達したニ○センの荷物を返品集荷ってのは気分悪すぎ。おめー、これもまた「カタログと違う」「やっぱ気に入らん」とかワガママ言い出して返品すんだろ?とか思いつつ。返品に限らず、通販商品の配達ってのは気分悪いことが多い。
 よくあるのが、配達先の家の嫁が注文したんであろう通販荷物。注文した当の嫁はどっかで働いてて、姑と子供が留守番で在宅という、ありがちなパターン。
 配達に行く。子供が先に出てくる場合。「ばあちゃ〜ん。お母さんに何か来たよ〜ハンコだって〜」・・・そしてハンコを取り出しつつ、姑は可愛い孫たちにボヤくのだ。「まぁた何か買ったな・・・無駄遣いばっかりして、悪いお母さんだねぇ」・・・あぁ気分悪い。
 あとはコレクト。受け人が女性で、かつ代金が数万円で、かつ連絡先のTELが携帯の場合≒「ダンナに内緒」系の、「許しがたい」荷物である可能性が高い。それだけで配達する気が失せる。
 とにかく、朝一発目からやる気をなくした一日だった。

2007年1月14日
 雪だったか
 日曜で大したことなく、早めに上がれたんでさっさと寝たことしか覚えてない。

2007年1月13日
 雪
 久々の本気降り。中津川は、「豪雪地帯」の名に恥じない姿へ変貌した。小屋のフジコんちの坂を力業で登ろうと試したら見事にハマった。スコップで30分近くほじくりかえして手ごたえが出てきた頃、ちょうど向かいの伊藤さんが車で出てきてワイヤで引っ張ってくれて助かった。降雪後のフジコ山の登山は、徒歩で突き進むのが最も安全なんだろう・・・あの100m以上はあるだろう急勾配の坂は、来るものを寄せ付けない、難攻不落の山城である。一つ配達するだけで、その日の労力の半分ぐらいを削ぎ取られる気がする。

2007年1月12日
 曇
 全般に大したこともなく、手ノ子の夜間があったぐらい。夜は、ヤマトの「年度末増収計画に当っての決意表明作文(仮称)」みたいなものをみんな書いてるんで、オモシロいから日付変わるまで見学してきた。
 俺から言わせりゃ、ヤマト運輸って会社は、いわば「根っこが十分張ってない状態で枝葉ばっかし茂った、見てくれだけの大樹」である。植物ってのは地上部の大きさに相応しい根っこがないと、ちょっとした風とか地震とかで支えきれなくなって倒れる。しかも悪いことにこの「大樹」は、恐らく幹の中が腐ってたり虫食いだったりで、ボロボロになりつつあるように思う。
 んで、ヤマト運輸の「根っこ」とは、言うまでもなく「宅急便」である。もっと具体的に言えば、「人様から預かった荷物(=財産)を、人様の要望に合わせ、迅速・確実に届ける」ことがヤマト運輸の本業であり、基本であり、根っこである。まず第一に、これがしっかりしていなければいけない。
 そして、宅急便で培った「企業としての信頼」をベースに、「枝葉」として「メール」だの「物販」だのがあるわけで、そこを履き違えてはいけないのだ。詳しくは知らんが、例え収益性が大きいからといって、安易に物販とかに走るのは勘違いである。もし、根っこである「宅急便収入」に問題があるなら、まず「現状の宅急便のどこに問題があるのか」を徹底的に追求し(俺から言わせりゃ、無料のムダサービスが多すぎる)、それをクリアしてから、枝葉の「メール・物販その他」の事業展開を考えるべきである。ところが、現状では
 @「宅急便では十分な収益が上がらない」
 A「ならばもっと収益性の高い事業を展開して穴埋めしよう」
 的な、短絡的発想に陥っているように見えてならない。何でもかんでも、新しく・手広く始めりゃ儲かるわけじゃない。
 「農業は、ムリをすればするほど、ミスもロスも大きくなる」
 北海道の、とある親方から聞いた言葉である。別に農業に限らず、たいがいの業種に当てはまるんじゃないかと思う。
 つまり、現状のヤマト運輸はムリをしすぎているように見えるというのが、たかがバイトの俺の感想である。あれもこれもとムリをしているから、「根っこ」である宅急便の基本的品質の維持すら危うく、
 ⇒結果として顧客の信頼が低下し、
 ⇒同業他社に奪われ、
 ⇒収入が減り、
 ⇒その穴埋めのために新規事業を展開するが、
 ⇒現場はさらに多忙を極め、
 ⇒さらに基本的品質が低下し、
 ⇒また顧客が離れていく。
 ⇒その責任は常に現場へと向けられ、
 ⇒現場のモチベーションは下がり、
 ⇒それもまた品質の低下に貢献してしまう。
 ・・・という悪循環に陥っている、と。こうなっている原因は、「全員経営」なんて美辞麗句を掲げながら、実態としては単なる上意下達式の、現場と経営の一体感のない企業風土にあると思われる。
 選ぶべき道は、俺が見る限り1つしかない。「余分な枝葉を切り落とし、根っこに相応しい茂り具合にする」、と。もちろん「現状の枝葉の茂り具合に相応しいレベルまで根っこを張らせる」という道もあるが、根っこが伸びきるまでに要する期間、この「ムダに肥大した枝葉」は支えきれないと思う。文字通りの「リストラクチャリング」が必要だと思われる。
 いや、ひとんちの会社なんかどーなっても知らんけど、やはり反面教師として非常に参考になっていることは確かだ。

2007年1月11日
 雪
 休みなんで昼前起床。年末にまた破けたコンタクトの替えが来てるはずなんで眼科へ。Oさんのハウスでイチゴ見学して、あとは久々に中国の皆さんにお世話になった。「桜塚やっくん」が、女性歌手に分類されてるのがウケた。


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