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2006年11月中旬の作業日誌
2006年11月20日
 雨
 今日は休んで野良するつもりだったが、明日の添乗試験に備えて連続出勤で感覚を少しでも戻しておくことにした。月曜は少なく、レアな広河原もあったものの余裕で回れた。

2006年11月19日
 霧後雨
 朝、装着したら右目に異物感。コンタクトが破けていた。コンタクトは2年に1回ぐらい新規購入しながら10年近く使ってるが、レンズが破けるなんてことは初めてである。タダで新品が貰えるメルスにしといて良かったと思った。
 が、もしかしたらメニコン側のワナにはまってるのかもしれん。勝手に邪推すればこうなる。
 @メルス新規ユーザーに渡す最初のレンズは、正規品より強度の劣るものを使う。(全員ではなく、何割かのユーザーについて)
 A多くはそのうち破けるが、「会員ならタダで貰える」ことを知ってるので、新規にレンズを送るよう要求する。タダだから、買ってすぐに破けたことによる大きなクレームはつかない。
 B実際にタダでレンズが届く。(これは正規品)
 Cユーザーは、「メルスにしておいて良かった」と思う。
 D口コミで「メルスはいい」との評判が広がる。
 E新規ユーザー・固定ユーザーの増加につながる。
 ・・・と。
 メガネでヤマト出勤。Oさんを助手席に、今日は自分でルート決めて運転。予想通り、実際に自分で運転すると随所で感覚が違って戸惑った。「だいたいこの辺」という所までは合ってるんだが、曲がるべき道を行き過ぎそうになったり。雪の壁がある時とない時で、玄関へ向かう入り口が別の場所だったり。この先はUターンができないと覚えてた所で回れる場所があったり。まぁ、そのうち知ってる景色になるんだろうが。

2006年11月18日
 曇時々雨
 ハウス片付けのため、今月いっぱいは余裕を持って休みをもらうことにしている。昼出動でゆきえ残渣カット完了。続いてゆりこも始める気で入ったら、そこそこ取れそうなんで小遣い稼ぎに収穫して3枚。さすがに根っこ抜いて1ヶ月近いからヘタはかなりキテるが、なんとか許容範囲だろう。

2006年11月17日
 曇時々雨
 ヤマト出勤。火曜日に添乗試験受けるまで一人では乗れんし勘も戻ってないんで、さしあたり助手席に。相当忘れてるだろうと思ってたが、実際に乗って動いてみれば体は意外と覚えている感じ。PPは一部勝手が変わってたが、基本は同じで問題なし。雪のない中津川をまともに走るのは初めてである。景色が全然違ってて目新しいが、雪の壁で視界を限定された感覚で覚えてるから、慣れるまで各戸へ曲がる場所とかを微妙に間違えそうな気がする・・・なるほど、「いろいろ見えすぎて(情報がありすぎて)」「進むべき道を間違える(判断を誤る)」、ということか。
 夜は日付変わる頃まで、Tさんの乗務停止がらみに関するミーティングに参加。聞いた状況しか知らんが、あーだこーだ口出ししてきた。黙ってたって何にも始まりやしない。

2006年11月16日
 小雨
 昼前には草刈機が届いた。早速組んで午後から残渣カットに入る。やはりエンジンが別になってる分、腕の負担が少なくて例年よりだいぶ楽である。とりあえずみほ1棟完了。
 夜はヤマトから召集がかかり、明日から出勤。

2006年11月15日
 曇後雨
 午前中は倉庫解体。当面必要なものだけ残して片付け、あとは屋根をはがすだけの状態にした。
 午後は廃マルチその他を捨てに産廃処理場へ。行ったら契約期限切れてることが判明したが、「次に来る時に更新してもらえればいいですよ」とのことで捨てさせてもらえた。年に1回、しかもちょっぴりしか捨てにこない個人なんてそんなもんだろう。あと、今年から産廃にも税金(¥1/kg)がかかるようになったらしい。リサイクルとかを推進する県の政策がらみとのことだが、10tクラスのダンプだったら1台1万円・・・関係業者は大変だろうと思う。

2006年11月14日
 雨
 動く気にならん。ってか「次は残渣カット」「倉庫とか細々片付けはその後」の流れで行くつもりでいたから、自分で想定していたその段取りを変えることに抵抗感がある=つまらんことでこだわっている、と言った方が正しいかもしれん。
 そんな主夫は部屋の掃除して、迫りつつある冬に向けて冬仕様の6畳一間に模様替え。毎年、暖房効率を考えてやってることではあるが、やはり狭い部屋(ある意味では拘束的な空間)は落ち着く。そのくせ、いろんな意味で開放的で自由な状況を好む・・・それは反動形成みたいなもんで、実は深いところで「もっとボクを縛って」的な願望があるんだろうと、勝手に納得している。もちろん、この場合の「縛って」は、遠まわしの「かまって」が言い換えられたもの。やはり俺は、どこまでも子供なのだ。

2006年11月13日
 曇時々雨
 午前中は山形行って運転適性診断。ちゃんとイイ子して「運転適性がある」結果を出した。3回も受験すりゃ、どこをどう答えれば「イイ子」になるか分かりきってるがな・・・形ばっかの適性。
 午後は細々と片付け。残渣カットは草刈機が届くまで保留。

2006年11月12日
 曇後雨後雪
 午前中は農研の朝市に参加。風もあって冷え込む日だった。客足も最初の1時間ぐらいに集中して、以後はほとんど人がいないような状況。
 午後は残渣のカットに入ろうと草刈機を回そうとするも、何べん引いてもかからん・・・ムカつくんで買うことにした。経費のムダを承知で衝動買いになったわけだが、来年引き落としのカード払いにすりゃいいことに気が付いた。所詮は個人事業の経理。発生主義も現金主義もごっちゃである。

2006年11月11日
 曇時々雨
 点滴チューブの冬越し準備だけやった。夜は1年ぶりにセンターから召集がかかり、体もなまってることだし(だったら自分の仕事をさっさとおわせ)リンゴ選別に狩り出されてきた。
 たけしの教育白書とかいう番組をやっている。いじめ・自殺ねぇ。なんかここにきて騒がれてるいじめって、「それが自殺につながるから」っていう、ただそれだけの理由で騒がれてるように見えてならない。つまり、「いじめられた奴が死ななけりゃ、こんなに問題にするほどのことではない」というように思える。
 さて、そんな教育界、そして安部総理に訴える、俺の「教育改革」は、以下の通り。
 @まず「クラス」という枠組みをなくす。
 A大学みたいに、各自がシラバス見て各自の時間割を決める方式にする。
 B義務教育にも、休学・留年のシステムを導入する。
 以上3つの、極めてシンプルなものである。
 学校側で勝手に決めた同じメンバー、「クラス」という枠の中に、合う合わないの考慮ナシに一方的に突っ込まれ、しかも「クラスのみんなは仲間です」「仲間は一緒に協力し合って仲良く」みたいにムリヤリ決め付けられる。それでは、逆に「こんなやつ仲間じゃねーよ」「こんなやつと一緒にいたくねーよ」とかの思いが出てくるのは当然と思う。んで、そーいう思いを持ったまま、少なくとも1年間、現在のシステムでは毎日顔をあわせる「クラス」単位で行動し、授業を受ける。こりゃ、いじめが出たって仕方ない。
 一方、各自が時間割を組むようにすれば、次の授業ごとに面子は変わるし、その先々で気の会う仲間同士でグループを組むことになる。つまり、上から一方的に決められた「群れ」じゃなく、それぞれに一定のやりとりを経て「こいつとは気が合う」「こいつとは気が合わない」という個々の見きわめを経た上で自然に発生する「群れ」であるから、そこに(深刻な)イジメは発生しない。ま、グループ間での好き嫌い、合う合わないは出るだろうが、双方既に「集団」になってるから、今問題になってるような「一対多」型の、一方的で抵抗しようのないイジメには発展しないだろうと思われる。
 また、例えば同じ「算数」の授業を取るにしても、「俺はA先生の教える算数は分かりにくいから、B先生の授業に行く」「いや、俺にとってはA先生の授業が一番だな」みたいに、授業受ける各自のレベル・理解力に応じて先生を選べれば、授業効果も上がるだろうと思うのだ。同時に、この方式によって、よっぽど教えるのが下手な先生は淘汰され(クビもあって良いと思う)、結果として全国単位での教育の充実度が上がる、と。もちろん、集めた生徒の数に応じ、先生の基本給に「歩合給」を付ければ、先生のモチベーションアップにもつながり、よりよい授業をしようと色々と試行錯誤するだろう。とはいえ、教育から外れた商業主義に走って「やりすぎ」も懸念されるから、ブレーキとなる何らかの仕組みが必要だろうが。
 時間割については、小学校上がったばっかのガキが、シラバス見て、しかも進級・卒業に必要な単位数を確保できる時間割を組めるかっていう疑問もある。でも、「1週間に、国語は○回、社会は○回、算数は○回・・・必ず受けるように」とか、時間割組む時に教えてやって、最後に先生がチェックすりゃ済むはずだ。ま、低学年相手にはいくつか時間割のパターンを作っておいて、自分で組めない奴はそこから選ばせるのもアリだろう。
 んで、義務教育だからって6年・3年でムリヤリ卒業させることもあるまい。例えば、精神科で「うつ病」の診断があって、実際に出席できないような生徒をムリヤリ引きずって出席させて卒業させることに意味があるとは思えない。だったら、休学とか留年の制度を義務教育にも導入して、本人の状態がいいときに授業を受けるようにした方が、例え1年とか遅れることになっても、意味があると思うのだ。あるいは、中学・高校ぐらいになったら、1年休学して社会勉強としてバイトとかボランティアしてみるとか、人によっては留学してみるとか、そーいう機会を得ることもできるだろう。もちろん、学校に来ててもちゃんと単位が取れない奴は容赦なく留年させる。義務教育も出てない奴は仕事にもつけんだろうから、必然的に中学校卒業までは各自がそれなりに勉強することになろう。
 ・・・って、全然関係ないし、しかもこないだ「教師に適性がない」って言われてるのに、教育について語ってどうする。
 ただ、これだけは言える。
 「上記の教育改革、つまり俺の考えこそ、絶対に正しい。」


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