http://www.agrik.info
■Home お問い合わせ・「戒め」は・・・スパム対策として、アドレスの画像表記を行っています。
  ※管理人からお願い・・・初めて来られた方で、しかもジックリ読む気のある方は、最初に 『このサイトの目的』 を御覧ください。断り書きがあります。
  ※リンクについて・・・・・・当サイトはリンクフリーですが、リンク先はトップページにお願いします。相互リンクご希望の方は コチラ を御覧ください


●生産者、三田耕生の自己紹介−「うんとね、えっとね、ボクね、ボクね」調に−
生年月日・血液型  1979年8月19日 栃木県出身 28歳(2008年1月現在。) O型

身体的データ  身長約170cm 体重約68kg 眼はコンタクト(裸眼0.1以下。)
 3サイズは「ヒミツ」。イヤ、知らないだけ。
 見た目の健康状態は良好過ぎ。腹だけは冷やして壊しがち。
 ただし、体は(頭も?)柔らかくない。足のツメが切りづらい。

現在の生息地  山形県西置賜郡飯豊町のアパート

愛車  SUZUKI EVERY DF51V(農作業と兼用車にして、MDチェンジャー&えせウーファー搭載。)←2007年12月、乗換え。
 SUZUKI EVERY DA64V(引き続き、農作業車にして音関係は手を入れた。)
 SUZUKI Let’sUDx(大学生時代から愛用の原チャ。)←2006年4月、ついに廃車。
 SUZUKI AddressV50(廃車と同時に購入。やっぱ原チャはやめられん。)

趣味・関心事  農作業・作物栽培(仕事だが8割以上は趣味。イヤ「病気」なのか?)
 カラオケ(裏声で女性ボーカル。)
 ドライブ(車中泊。)
 沖縄三線(初心者。) 
 中国運命学(子平/四柱推命。)
 カタコトのポルトガル語会話(ブラジル研修かぶれ)
 政治・経済思想(特にリバタリアニズム、共産主義、公共哲学系)

好きなもの  コーヒー(マンデリン。豆から挽く。) 
 ゴーヤー・ニガウリ(ハウスの片隅で栽培。)
 タバコ(沖縄限定Violet。通販で購入。) 
 酒(泡盛。久米仙43℃。)

嫌いなもの  雑食性なので食べ物に好き嫌いはないが、強いて言えばリンゴ。
 (市場のバイトで見飽きて、食べたいと思わない。)

得意なこと  家事全般(一人暮らし10年。得意と言うより慣れた。) 
 昼夜逆転(クセ。)
 一気飲み(最近してない。) 
 肉体労働
 ほとんど無意味な事に頭を使うこと

苦手なこと  球技全般(体力はあるが体は不器用。) 
 数字・計算関係全般
 集団行動
 安全運転
 自分の仕事以外での早起き

普段よく聞く音楽  アンジェラ・アキ、BoA、伊藤由奈、倉木麻衣、Cocco(前期)、DAI、ハイカラ、元ちとせ、一青窈、ブリグリ、平原綾香、YUI、ZARD、木村カエラ、鬼束ちひろetc。
 他、トランス系若干。
 三線関連で、琉球民謡も若干。
 ブラジル研修かぶれでボサ・ノヴァも若干。
 同じく向こうの女性ヴォーカル「Liah」(工事中)も好き。

普段聞かない音楽  洋楽全般、見た目だけのアイドル歌手系、ラップ、HIP・HOP系。

好きな作家  澁澤龍彦(日本にサドの名を広めたのはこの人であろう。)
 夢野久作(ドグラ・マグラの映画版もなかなか良い。)
 ドナチアン・アルフォンス・フランソワ・ド・サド
 (↑SMの元祖とされてるが、小説家でもある。生き方・考え方に共感。)
 三代目魚武濱田成夫(大塚寧々の元ダンナ。角川文庫で詩集あり。)
 山下惣一(佐賀県のミカン農家にして本も書くおっちゃん。)

嫌いな作家  農産物に関して、やたら「安全・安心」「有機無農薬」とか訴えすぎる人。
 やたら高価で怪しい農業資材を薦める人。

好きな女性の
タイプ
 吉岡美穂、仲間由紀恵、本上まなみ、木村佳乃、白石美帆、竹内結子、矢田亜希子、中越典子、中野美奈子、石田ゆり子、伊東美咲、水野美紀、高島礼子、長谷川京子、小野真弓、水野裕子、松嶋菜々子、成海璃子、小雪、マナカナ、松尾翠、相武紗季、上野樹里、蒼井優、榮倉奈々、羽田美智子、水川あさみ、大塚寧々、浅尾美和、それから・・・あぁ、エンドレスだ。「他多数。」

※フェチ:濡れ髪(黒髪ならなお可)、程よく張った尻、(外国人の)たどたどしい日本語&混血
 滝川クリステル、加藤ローサ、沢尻エリカ、木村カエラ、香椎由宇、山本モナ、リア・ディゾン、などなど

 ・・・つまり「何でもいい」のではない。「好き嫌いが少ない」「分け隔てしない」「心が広い」のである。

嫌いな女性の
タイプ
 浜崎あゆみ(デビュー当初はよかった)、小柳ゆき、その他化粧がやたら濃い人。
 大塚愛(野菜嫌いはダメ。「ゴハンはお菓子」など、もってのほか。)
 小西真奈美(なんつーか、白目が少ないのはどうもダメ。)
 工藤静香(ガリガリはダメ。)
 MEGUMI(程度によるが、巨乳はあんまり好きじゃない。)

信条  自分に素直に、「できる範囲で」ストレートに生きること。
 関連して、言う事は大抵言うので、反抗的と取られることも多い。

性格  大抵の事に関して、基本はおおざっぱなのだが、変な部分で細かくなる傾向がある。
 意志は強いというより、かたくな。「不可解な子供」。
 例):「強い意志があるので、タバコをやめない。」
 「意志が弱くてやめられない。」とは、違うと言いたいだけ?

気質  「精神的マゾヒスト」。後がなければ一層やる気が出る。
 加えて、「分裂にして循環であり粘着でもある」気質。
 でも、一番く強く出てるのは、「循環気質」と思う。
 「躁」がほとんどの躁鬱的傾向。

将来の野望  短期的には、「農家のカワイイおムコさん」になりたい♪
 長期的には、「山下惣一」みたいな農民作家になりたい。
 超長期的には、「いつまでも」「戦い」続けたい。(文字通り「循環」。)


●永遠のメリーゴーランド−もっと、もっとぉぉぉぉっ!(あ、別にヤラシイ意味はないッス)

 さすがにここまでくると、「子供部屋」の意味もご理解いただけると思います。

 「わかったわかった。あぁ暑苦しい。」と思っている方は結構ですが、ここでさらに暑苦しいオマケとして、俺の「心の叫び声」をお聞かせしたいと思います。なお、実は「です・ます調」で物を書くのは不得手デスので、この「叫び」だけは、素の俺でストレートに行こうと思いマス。

 さて。

 コミック、もしくはTVアニメの「ドラゴンボール」という作品を見たことがあるだろうか?俺と同年代なら知らない人はないと思うが、簡単に言ってしまうと、中国の「西遊記」をもっと濃く現代風に(?)アレンジしたものである。


 そのストーリーの中で主人公「孫悟空」は、戦うたびに自分もボロボロに傷ついていながら、
「オラもっと強くなりてぇ!オラもっと強くなりてぇ!」

と、他の誰かに言われたからではなく、自分からすすんでより強い敵を求めていくのである。

 一言で言えば俺は、この孫悟空に近い男である。俺の場合は「強く」もそうだが、
「オラ、もっと限界までやりてぇ!オラ、もっと限界までやりてぇ!」
である。まぁ、本質的には同じで「子供」なのである。

 ご存知の通り子供向けのマンガやアニメは一般に、男女どちらを対象にしてどんな内容にしようとも、大きな話の流れは同じである。話が進めばより強い相手として敵や困難が現れ、それを乗り越えていく毎に主人公の肉体なり精神なり能力なり、とにかく何かが強くなっていく。そして最終的に「話の中では最強の相手」を乗り越えて終わるという基本パターンだ。最も分かりやすいのは「何とかレンジャー」の類である。

 ここまで単純ではなくても、俺らの世代向けのTVドラマもやはり同じだったりする。さすがに子供相手ではないので表面上のストーリーは複雑になるが、基本は一緒。子供向けと同様「自分の外側」からは難しい問題がふりかかるが、大人向けとして「自分の内側」からも諸々の疑問などが生じたりして、その間で葛藤する。そして最終的には「自分の内側」に従い「その状態が永遠に続く事を願って」話が終わる。代表は「恋愛ドラマ」である。(最初っから俺と同じような循環が始まっている「サラリーマン金太郎」というドラマもあるが。)

 さらに年を取ると、マンガやアニメではないにせよ、複雑な話よりもまた単純に「自分の外部の敵を倒していく」物語を好むようになる。もう繰り返さないが、代表は「勧善懲悪の時代劇」である。

 こんなことは分かりきっているのだろうが、よーするにアニメでもドラマでも時代劇でも「物語一般」は、人生の各ライフステージで遭遇する様々の現象と、そういう物語を好む人一般の「精神的願望」を表しているわけだ。(逆に、何らかの形で「現実には絶対にそうならない」と痛感している人は、物語全般を嫌うかもしれない。)

学童期は、自分の内側での戦いはほとんどなく、まずは自分の外側に存在する、しかも「見える」敵と戦う。
 大人になると外側には「見える敵」の他に「見えない敵」が現れる。さらに、外側との戦いを生き抜くために「自分の内側の敵」との戦いも加わり、複雑化する。
 そして老人になると、いわば「内側の敵」に降伏するような形で、外側の敵だけに注意するようになる。

 こんな具合で多くの人は、一生の内に「子供期→大人期→第2回子供期」と精神年齢の大きな変化をたどる。「第2回子供期」としたのは、外側に存在する「見えない敵」の他「内側にも」敵がいることを知ってしまったため、似てはいても完全な子供期には戻れないからだ。高校の時に心理学の本もかじったが、学問的にはそれぞれ何と言うんだったか、あるいはこんな区分なんてあったんだかなかったんだか・・・もう忘れた。

 まぁいい。注目すべきは、物語の基本展開から分かるように、人はいつも、程度の差はあっても「子供」でありたいと願っている「らしい」ことだ。だが現実には「外側との戦い」を生き抜くために、子供ではいられないことを知っている。そして、自分が「大人」に「なってしまっている」ことに、何の疑問も持たなくなる。

 言うまでもないことだろうが、物語は「現実の生活とは逆の結末」を迎えるように用意され、世代別の願望を代弁する。例えば、現実にはそれがほとんど不可能であると知っていても、俺の世代で言うと「ドラマ(子供)みたいな恋愛がしたい」なんて「密かに」願う人はいると思う。大人の世界では「けなされる」「排除される」から、「密かに」子供であるしかないのだ。

 そしてその「子供願望」は、分かりやすく「お金」を例にあげれば、それと同じ位の価値を持っているんじゃないかと、最近思うようになった。

 例外はあるかもしれないが、一般的に「同じ程度の労働をしている」という条件の場合、「自営業」よりも「会社員」の方が所得額は大きいと思う。

 自営業は、全く同じ規模・内容の仕事を続ける限り、所得額は大して変わらない(ヘタをすると小さくなる)のが通常である。何かしないと所得額は大きくならないが、その代わり「願望」は、ほとんど我慢する必要がない。

 一方会社員は「願望」を我慢して同じ会社にいるだけで、基本的には毎年確実にだんだん所得額が大きくなっていく。(まぁ、年功序列は崩れつつあるみたいだし、仕事内容や個人の能力に応じて所得も変わるんだろうから、一概には言えない。)

 つまり、会社員の所得額がだんだん大きくなるのは、お金とほぼ同じ価値である、「子供願望」を我慢し続けた分の埋め合わせをするためなんじゃないかと。変な解釈かもしれないが、「よくガマンしました」という、ご褒美とも考えられるわけだ。で、「ガマン>お金」の時、状況にもよるが人は「給料増やせ!」「会社辞めたい」と思うことになる。

 生活に最低限必要な部分以外の「余裕がある」お金は、好きなものを買えたり、好きなところへ行けたりと、「子供願望」を満たせる道具でもあるわけだ。でも超零細自営業者である俺の場合、そこまでの金銭的余裕はなかったりする。それに、休暇を取ろうと思っても時期によっては全く取れない。その代わり、仕事(≒趣味)によって願望が満たされているから、それでよかったりする。まぁ正直、北海道とか放浪したくもなる時もあるけど、昔ほど「どっか遠くにドライブしたい」とは思わなくなった。

・・・あぁ、自分でも暑苦しくなってきたぞ。

 よし、ちょっと爽やかにいこう。ZARDの「愛が見えない」という歌がある。全体テーマは恋愛だが、サビの手前にこんなストレートな歌詞がある。
♪夢を捨てるのが大人なら♪大人になんかなりたくない!
 歌詞を書いた坂井泉水も、本音は子供でいたいんだよ。きっと。

 とにかく、今こうして農業をしている俺は、先に書いた精神の年齢で言うと「第2回子供期」に相当すると「自分では」考えている。しかも「子供期」をほとんど経験せず、肉体年齢では早すぎる段階に「大人期」を迎え、さらに「精神上は一度死んでいる」ため、かなり中途半端な「第1.5回子供期」であると思っている。

 だから「1.5」だろうがなんだろうが、子供でありたいがために、あるいは子供であるからこそ、農業を選んだ。


 そういう風に農業を選んだ俺である。別に、「衰退する日本農業を背負って」だの「安全・安心の農作物を作りたい」だのという小難しい意図は、ハッキリ言って全くない。

 もちろん、俺が農家になっていることや、俺のやっている管理方法、あるいは生産物などが評価されるなら、それにこしたことはないし、それはそれで素直にとても嬉しいし、申し訳ないぐらいにありがたい事である。ただ、その評価の理由になっている事柄は、俺にとっていわば「副産物」に過ぎないのだ。

 あくまでも「縛られなくて、結果が見えて、肌に合っている」という、「好き勝手にできる生き方のスタイル」を求めただけのことであって、大して褒められたことでもなんでもないのだ。

 「ピーターパン症候群」と言われようが、「アダルトチルドレン」と言われようが、できる限り「チルドレン」でありたいと思っている、それだけのことなのだ。

・・・ヤバイ。そろそろ終わらないと、またオヤジに怒られる。

 以上のごとく、子供である事を選んだ俺の戦いの舞台は、ドラゴンボールよろしく、どこまでも際限なくエンドレスに拡大していくのだろうか?

 そーいや、絵描きである俺のオヤジは、かつてこんなことを言っていた。

「絵の描き進め方には、確かに基本がある。」
「でも、どういう状態になったら完成っていう、誰かが決めたルールは無い。」
「だから、自分で終わりの時を決めて、完成とする必要がある。」
「終わるべき時期を逃して、いつまでも描き込み続けるのは良くない。」
「そうすると、いい状態だった絵が、どんどんダメな絵になっていくからだ。」
「つまり、いい絵を書き残すためには、いい時期に終わりを決める事が、肝心だ。」
 
 なるほど、親はやはり、いいことを言うもんだ。

 でもオヤジ様よ、大変申し訳ない。

 俺は、
 果てしなくでっかいキャンバスに、
 分かる人だけが分かってくれる、
 シュールにしてダダな絵を、
 好きなように描きなぐり続けたいのだ。

 終わりにしたくない。
 終わらせない。

 このキャンバスを、塗りつぶすまでは。


 ま、とにかく、
「オラ、もっと限界まで行きてぇんだ!」
「オラ、もっと限界まで行きてぇぇぇぇぇっ!」

 この正直な「叫び」に従い、俺は当分、勝手に一人で「グルグル回って」みようと思う。
 いやー、楽しくてしょうがない。ホント、絶対に終わりにしたくないくらいだ。

 でも、大丈夫。
 ついこの間のことだが、
 俺は、
 「青い鳥」っていう童話があったことを、思い出した。
 だから、
 最強にして最後の相手も、「キャンバスの果て」も、
 ついでに言うと、この意味不明になってきた文章の終わり方だって、
 ちゃーんとわかっている。

 それは、
 
「俺自身」だ。



(隅っこの方にいる俺のつぶやき)
・・・だから、それがいつまでも終わりにできない原因なんだってば・・・
・・・そーいえば俺、ドラゴンボールの結末って、知らねーんだよなぁ・・・



■Home ■「企業理念」へ ■「農家になった理由」へ
※当サイト内の画像、文章、その他コンテンツを、この俺の承諾なしに無断転載することを禁ずる。