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※当時の俺に関わった方々へ
俺に対する評価・判断の是非を指摘するなどといった、たいそうな意図はありません。あくまでも、過去を見つめなおす中で出てきた「自分なりの」結論です。
※さらに追記
だからといって、かつて俺がやらかした事の「言い訳」にするつもりもありません。
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幼少期 |
俺の印象では厳しい両親のもとで育つ。実際、今になって過去を振り返ると怒られた記憶の方が圧倒的に多い。(楽しんだ記憶もあるだろうが、思い出せない。)
そういう理由かどうか分からないが「現在から逆算すると」この段階の精神年齢は既に小学生レベルかそれ以上あったと思う。
例)「ぼくは、なんでいきてるのかわからない。」←3歳当時に俺が言ったらしい。
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小学校 |
厳しい教育は続く。自分を抑えて、怒られないように生きるようになる。精神年齢は、肉体年齢よりどんどん上を行っていたと思われる。
例)「すごく大人しいお子さんですねぇ」←周りの大人たちの言葉らしい。
4年生でバレー部に入るも、試合では負け続け。
家でもバレーでも、もはや悔しいと思わなくなる。着々と老けていった精神年齢によって「耐えること」「負けること」を当たり前として生きていたと思う。
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中学校 |
父は、中学校の美術教師だった。しかも、俺が入学する中学校で、入学前年度まで生徒指導をしていた。(俺の入学と同時に、定年前だったが父は教師を辞職。以後は画家として今に至る。)
生徒指導だった父が残した、学校内の「遺産」を「相続」する。「遺産」に由来して「自分は直接関係のないことで」理不尽な攻撃などを受け続ける。それに「耐え」るように、全てに関して極端に自分を殺して生きる。実際、行動や発言に中学生らしい活発さがほとんど見られなかった。
例)「お前はつきあいが悪い。」←当時の友人から言われた言葉。
精神年齢では老年期に入り、すぐに「精神上の死亡」に至ったと思われる。つまり「表面上は」ほとんど無感動・無反応になった。周りから見れば、おとなしい「良い生徒」だったと思われる。
でも、それに納得していたわけではなく、どこかで耐えられなくなる。そして、遺産を残したオヤジに対し「裏側で」「バレないように」隠れて密かに反抗する。反抗内容は、自分が本当にやりたいことでなくても良かった。隠れて反抗できること、それ自体が楽しかった。つまり、本当の楽しみ「自分自身の楽しみ」を知らない。
いずれにせよ、圧倒的に多い「耐え」「負け」の記憶ばかりが蓄積していく。
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高校1年 |
中学校を離れることで、理不尽な攻撃が終結。同時に、反抗する動機も特になくなる。それでも「表面の自分を殺して、隠れて反抗して楽しむ」という老けた生き方しか知らない。どう生きたら良いかわからず、とりあえず周りのマネをして大学進学のための勉強をしてみる。しかし、中学校までの生き方も尾を引いていて、たどたどしい中途半端なマネ。
とはいえ、高校入学を契機に「精神の死亡状態」から「生まれ変わり」を果たしたと思われる。逆に、精神年齢上は、「赤ん坊」からやりなおし。マネをしていたことからも、精神は赤ん坊に近かったと言える。ただし、「前世」に相当する老人精神も混在するので、2回目ではなく「1.5回目」とでも言うべき、不安定にして純粋ではない赤ん坊精神。
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高校2年 |
マキヲさん、K先生、演劇部との出会い。これにより、精神は赤ん坊から「幼稚園児」に成長したと考えられ、生まれ変わり後の精神がハッキリと出てくるようになる。ただし、過去に死んでいるとは言っても、肉体も脳ミソも死んではいないから「幼稚園児精神」の裏には「老人精神」が消えずに残る。
演劇部では音響担当になる。自分が好きになった事を、隠れずに堂々とできる楽しみを知る。子供の精神が強いので、ひたすら熱中する。ほかに演出助手も担当して、自分を殺さず意見することを覚える。
しかし「自分自身も含めて役者のみんなも初心者」「よって俺の演出に大きな反対はほとんどありえない」という特殊状況を認識できないまま、自分の意見通りに演出が進むと「思い込み」自信過剰に。「しつけ」を受けない幼稚園児として、精神は成長を続ける。
一方、「耐えて」「負けて」きた「前世の後悔」も消えない。演劇部に入って「自立」を始めた子供精神は、それに押されたこともあり、執拗に「勝ち」を求めたと思われる。
ところが、演劇県大会の音響操作で大失敗。「理不尽な原因」ではなく、自分が原因となる大きな悔しさを初めて味わう。自分の手で「負け」てしまったことで「後悔を残した老人精神」がさらに強く出てくるようになったと考えられる。そのためか「準備さえちゃんとしていれば俺自身に間違いはなかった」と、結論付ける。
生まれ変わったことが嬉しくて、「一人勝ち」を求めてもいいが「土俵」が違うことに全く気づいていなかった。そんな誤解をしてるとは認識できない「不安定な子供精神」まま、肉体は高校生として生きていく。
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高校3年 |
「見た目では」一生懸命仕事をすることが評価されたようで、文化祭の実行委員長に選ばれる。誤解した精神のままで組織運営。県大会の失敗ほか「前世」で経験した「負け」「悔しさ」も帳消しにと企む「不可解な幼稚園児」の精神が一人歩きを始める。
実際、文化祭の仕事を一人で数多くこなそうとした。組織活動はみんなでという原則を無視、ほぼ自分だけで仕事を進める。「一発逆転一人勝ち」の文化祭を狙っていたと考えられる。「原則を無視している」認識はなかった。
例)「今年の文化祭は、俺の、俺による、俺のための文化祭みたいなもんです」←委員会召集時に俺が本気で吐いた、マンガみたいなセリフ。一悶着を起こす。
結局、全部の仕事は処理できす周りに手伝ってもらう。しかし、どこかでそれをジャマと思う。「一人でやりたかったのに手伝いが入っては不完全燃焼だ」と悔いを残したと考えられる。
いろいろ問題はあるが、高校3年間で俺は確かに「生まれ変わった」と思う。
例)「三田くん変わったねぇ。前より話しかけやすくなった。」←高校卒業前、中学校の同窓会で3年ぶりに会った同級生から言われた言葉。
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大学1年 |
高校文化祭の悔いを学園祭で燃やそうと思ったか、大学の学園祭実行委員会へ入る。精神年齢は、第1.5回小学校低学年レベルだったと考えられる。
一方、演劇での「誤解した反省」は生きていたらしい。1年目は「本番(翌年の学園祭)で失敗しないための十分な準備」と見なしたようで、仕事を全部把握しようと普通の人より激しく動き回っていた。見た目はたぶん「単純な子供」で、まだ素直。
それでも、最後の頃には暴発して、人様にも迷惑をかける。しかし、暴発してもまだ自分が子供だと気がつかない。
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大学2年 |
仕事を全部一人でするのは不可能と悟ったらしく、子供らしい単純さが消え始める。それに変わって「自分の色に染める」という形での一人勝ちを狙う。実際、いろいろ画策した。それでも組織が染まらないことに対し、いらだちを感じた。
その後、後輩の世話を通じて「人や組織はどうやっても染められない」ことを何となく認識したと考えられる。とはいえ、一人勝ちを実現したい思いが強烈で、組織に合うような「大人」になることはなかった。
肉体が会社という組織に入る前に「子供らしく思いっきり動き回りたい」と精神が望んだらしく、学生時代にしかできないバイトを探す。
北海道の農場バイトで、農業に出会う。作物は、自分が関わったことに対して確実に成果「勝ち」を感じさせてくれる、というように精神が理解したと思われる。
農業はいいなと思うが、農家の息子でない自分は農家になるはずがないと思っていた。そのため、「農協」など農業に関係する職につきたいと考えるようになった。
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大学3年 |
農家の息子でなくても、条件が揃えば農家になれる事を知る。でも、金が無いとムリということで、とりあえずは就職して金ができてから「独立はまた後で考えよう」とする。農業と関係する職に絞って考えるも、どういう会社・仕事内容を選ぶべきか悩む。
同時に、なんとか「卒業してすぐ独立して農家」になりたいと、どこかで思い始める。
いずれにせよ、場所は北海道を考える。
大学では、また別の委員会で燃えて、こりずに大きな一人勝ちを考える。しかし「俺のやりたいことは組織に合わない」という所まで認識が進んだと思われる。実際、組織活動に対する自分の気持ちが変化していることに気がついた。(周りから見れば「振り切れるほどの高熱」が「超高熱」に下がった程度かもしれないが。)
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大学4年 |
大学での委員会活動は全て引退。「超高熱」は「高熱」まで低下したらしく、組織でむやみに燃えようとする思いはなくなった。精神年齢はおそらく、第1.5回小学校高学年レベル。一方、制限されずに燃えたいという思いは絶対に消えない。
「二度と死にたくない」と老人精神が思ったか、会社という「燃焼を制限される」組織への就職はしないことを決める。卒業後すぐに農家となるにはどうしたらいいか、考え始める。借金など、それなりに覚悟を決める。
畑作・稲作・施設園芸とやってきた農家バイトの経験から、いろいろある農業の形態の内、施設園芸農業に絞り込む。
一方、場所が北海道である必要性はなく、単なる憧れだったと切り捨てて考える。
「大きな借金をしなくても、土地・ハウス・機械をセットで貸す」という、山形のフレッシュファームと出会う。全部セットという条件は他になかったので、いいと思う。
その反面、北海道の次は、売り先を考えて長野を重視していたので、悩む。
最終的に9月には、フレッシュファームに行く事を決める。技術研修となる1年間だけは、妥協してサラリーマンをすることになる。
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で、 |
こんな具合の「製造ライン」をたどり、今「農業者としての俺」がいます。ここまで読まれた方ならお分かりの通り、この製品の「主原料」は次の通りです。
@過去に耐えて負け続けた、マイナス記憶
Aそれをプラスにしようと激しく燃える、勝ちへ意思
この2つの主原料に対し、「強烈な燃焼を可能にする制限のない環境」として、たまたま農業という「金型」があてがわれ「農業者としての俺」が完成したと言えます。
ちなみに現在の俺の精神年齢は「第1.5回中学生レベル」と考えられ、その裏にはやはり、肉体年齢で中学期に経験した「老人精神」があると思っています。
「俺個人」という視点で見てもそうかもしれませんが、これまでの流れで見ると「躁鬱病的」人生パターンだと言えます。つまり、中学校卒業までが「欝」、それ以後が「躁」に当るわけです。川で言えば、穏やかな下流から激しい上流へ向かって、「逆流」しているとも言えます。
自己紹介の内容をみて疑問に思った方もいるかと思いますが、俺が基本的に「終わりの無いこと」「果ての無いこと」を気にせず動き続けたいと思えるのは、現在の肉体を支配する主な精神が子供で、かつ裏側には「後悔を残したまま死にたくない」と願う前世の精神もあるからだと思います。というのは、次に来る「死」はおそらく「肉体的な死」も伴うでしょうから、そこまでに好き放題やっておかないと、また後悔を残すことになると、どこかで思っているのでしょう。
その一方、正直どこか頭の隅っこで「終わり」を求めているのは、中学校で「精神的な死」を経験し、「また生まれ変わってやり直せる」「死という終わりの先にもっと楽しいことが待っている」と、若干期待しているからだと思います。(まぁ、次に死ぬことがあれば再び生まれ変わる事はたぶんないのですが。)
あ、別に宗教とかの影響はないです。ただ、「初めて」過去を冷静に振り返って、勝手にそう思い至っただけのことです。それに、精神分析や心理学なども専門に学んだわけじゃないので、主観的な自己分析として放っておいてください。
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